第13話 尖った六芒星
「コニル、台帳から木綿の先月の分の合計を!」
中番頭のドヴィッディだ。
「はい!」
蝋板を手に台帳を開き、頁をめくって行く。机の上に立てると上半身が隠れてしまうサイズなので、それだけでも大変だ。一頁ごとに記入された行を指でたどり、木綿の数字だけを蝋板に記していく。
この蝋板はコニル専用だ。コニルが徒弟となった次の週に与えられたもの。初日から、ドヴィッディが自分用の蝋板を貸し与えたままになっていて、不自由していた。それくらい、コニルの計算能力は買われている。
先月の分が終ると、全部を加算して一番下に記す。台帳を閉じて、中番頭に数字を伝える。
「千二百八十本でした」
「おお、早かったな」
伝え終ると、コニルは蝋板に書いたものを消す作業に入った。鉄筆の尻にあるヘラを蝋板の縁の穴にひっかけ、鉄筆を取っ手にして持ち、短い呪文を唱えた。
「火のエレメンタル、わが魔力に応えよ……加熱!」
魔力が指先から鉄筆に伝わり、蝋板の裏に刻まれた魔法陣に流れ込む。そして板には熱がこもり、文字や数字が一面に書き込まれた蝋は融けて平らに成った。
そして、すぐに板は冷えて手で持てるようになる。
(便利だよなぁ、魔法って)
信仰と魔法。この二つでこの世界は回っている。
お仕着せに染め抜かれているこの商家のマークは、アウローラ教団のシンボルである六芒星を基にしている。それで明らかなように、メリッド商会は教団よりの商家だ。ニオール師と親しいのもそのためだ。
一方、魔法も広く使われている。主に、この蝋板のような魔法具として。身体に宿ったわずかな魔力でも作動する魔法具は、魔石が不要な分安価なので、普及している。
商家の中には魔術師と縁の深いところもあり、そうした商会のマークは五芒星が基となっている。
六芒星は六柱の大神を表し、五芒星はこの世界を構成する五つの
(エレメンタルと神々の事、二人から教わったなぁ……)
コニルは、先日、ニオールとソリアンが暮らす家を訪れた時の会話を思い出す。
* * *
二人はコニルがメリッド商会の徒弟になってすぐに、正式に結婚した。婚約も結婚も電撃的で、誓いの祈りに立ち会った神官以外、誰も呼ばれなかったという。
約束のとおり、コニルは週に一回の礼拝を欠かさないようにしている。その後、大聖堂のそばの彼らの家を訪れ、一緒にお昼をいただくのが小さな楽しみだ。
「なんで、神々よりエレメンタルの方が少ないんですか?」
コニルの問いかけに、ニオールは微笑んで答えてくれた。
「六柱目の神、闇を司るフェブルウスですね。闇とは光のない状態ですから、該当するエレメンタルが存在しないのです」
ソリアンが解説する。
「そして一週間は六日よね。六柱の大神にそれぞれ一日ずつ捧げられて、最初のアウローラの日は全ての神々に捧げられた礼拝の日となってるでしょ?」
この礼拝の日はどこの商店も役場も午前中は休みで、礼拝に出席することが推奨されている……というか、ほとんど強制に近い。
「……闇を司る神って、なんか怖いな」
「そうでもなくってよ。闇の神フェブルウスは鎮魂の神とも呼ばれていて、亡くなった方や心に傷を負った人の魂を癒すとされてるの」
ソリアンの説明に、なるほどとコニルはうなずいた。
「心をどうにかしちゃう魔法なんてあったら、ヤバすぎるよな、そりゃ……」
それこそ、人知を超えた神の加護が一番な気がする。
「さあ、お昼の用意ができました。お祈りして、いただきましょう」
そして神官夫婦の二人は、胸の前で印を切って感謝の祈りをささげた。ようやく祈りの文言を覚えた俺も、一緒に唱和する。
「そう言えば、その祈りの時に切る印、六芒星の一筆書きなんですね」
こっちに生れてずっと興味がなかったので、そんなことも気付かなかった。
「そう。この六つの頂点を描くたびに、六大神の一柱ずつに感謝をささげるの」
なるほどな、とコニルは納得する。
「ただ……最近、少し違う六芒星を御印にする教派が出てきましてね。これがなかなか厄介でして」
ニオールは指先をコップの水で濡らすと、テーブルの上に図を描いた。
「六芒星……だけど、なんか尖ってますね」
普通の六芒星は、中心の六角形から出ている六つの突起は全て正三角形で、確度は六十度だ。しかしこちらは、左右に出ている四本の突起が半分の幅で三十度になっている。
描き方も違っていて、アルファベットのZを六十度傾けて書いて、続けて左右逆のZの鏡文字を重ねて書いたような一筆書きだ。
「街でこの形の六芒星を見かけたら、なるべく関わらない事です」
そう言われて見直すと、なんだか禍々しいもののように見えてくる。
もっとよく知っておきたいと思ったが、食事が終わるとほぼ同時に午後の鐘が鳴った。
(あ、戻らないとドヴィッディにどやされちゃう)
名残惜しいが、コニルは席から立ち上がって頭を下げる。
「食事、ありがとうございました」
「ああ、またおいで」
「お仕事、頑張ってね!」
二人に見送られて、コニルは店に戻った――。
* * *
「おい、コニル!」
ドヴィッディの声で、物思いから引っ張りだされた。
一瞬、叱られるのかと身構えたが、違った。
「この帳簿の数字を写し取って、ハスター運輸へ行ってくれ。追加の注文なんで、大至急な」
「わかりました」
腰の蝋板に、反物の種類ごとの数を書き込んで行く。
ハスター運輸は、メリッド商会とは長い付き合いの運送屋で、コニルの書いた手紙を実際に送り届けてくれたのも、ここだった。
帳簿から書き写し終えると、コニルは店を飛び出し、ハスター運輸へと脱兎のごとく駆けだした。
「すみません、メリッド商会の者です。追加注文をお伝えに来ました!」
運送屋の従業員に声をかけると。
「ああ、それならそこの帳簿に書き加えてくれ」
「わかりました」
早速、蝋板から帳簿に書き写していく。
「それでは、よろしくお願いします」
先ほどの従業員にペコリと一礼して、外へ。
店へと戻りながら、つぶやく。
「いい感じだな。ドヴィッディさんの下で働いてると、数字の動きが見えてくる」
手にした蝋板の上に書き込まれ読み出される数字は、店の商売の流れそのもの。商材をどこからいくらでどれだけ仕入れ、在庫がどうなっていて、注文がどう捌かれていくか。
他の徒弟たちが、店の掃除や商品の出し入れなどの肉体労働で終わってるのに、勤続十年以上でないとわからない「商売のエッセンス」を生で体験できる。
この調子で行けば、十五で成人するころには徒弟を卒業して、正規の店員となっているかもしれない。そうなれば、今度は徒弟たちを使う側になる。
(そうなれば、この蝋板に書く内容も……)
そこで、はたと気づく。
(もう、蝋板が文字で一杯だな。帰ったらすぐに書けるよう、均しちゃっておこう)
蝋板の縁に鉄筆を固定し、そこを握って魔力を流しこむ。
「火のエレメンタル、わが魔力に応えよ……加熱!」
底面の魔法陣が熱を発し、蝋を融かして平らにならした。そのまま、板が冷えるまでしばらく待っていると――。
「神々の御印たる六芒星をまといながら、魔法に頼るとは!」
「何と言う恥ずべき冒涜!」
「そうだよ! いけないんだよ!」
三人の子供の声で、とがめられてしまった。
顔を上げると、コニルより年上、同い年、年下の子たちが、こちらを睨んでる。上から女、男、女……のように見えた。主に髪の長さで。
皆、くるぶしまでの灰色のローブを着ていて、その胸には六芒星――左右に出ている四つの突起が細く尖った六芒星が描かれていた。
(あ……関わるな、とニオール先生に言われたヤツだ、こいつら)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます