第12話 徒弟の第一日

「はろ~CQCQ! こちらはファーストチルドレン! ファーストチルドレン!」


 寝床で毛布を被ってクーポンをマイク代わりにし、小声で叫ぶという難易度の高い呼びかけをしていると。

 コニルの耳のすぐそばで、ケイマルの声が響いた。


(えーとアレか、コニル。『多分、私は三人目だから』と返せばいいのか?)

「おう……やっぱりそうか」


 あっさりとケイマルが認めたので、少し拍子抜けする。ケイマルは三人目の――この世界で二度転生した自分だ。


(それから、実際に声に出さなくても、頭の中で話せば伝わるぞ)

(え、そうなの?)


 耳元の声は脳内に響いていたのか、と感心する。

 毛布から首を出して部屋の中をうかがう。一日、仕事に追いまくられていた他の徒弟たちは、横になるや否や寝付いていた。


(で、セカンドチルドレンは今、どうしてるんだ?)

(ああ……ちょっと離れたところを選んで転生したからな。あと数年は会うのは無理だ)

(そうか……二人目――来世の俺は、何を目指してるのかな?)

(……すまん、言えない)


 コニルは身体を起こした。


(それも、あの禁忌ってやつか?)

(多分な。来世で何を目指すかってのは、今生の生き様が透けて見えちまうだろ)


 それもそうか、とコニルは納得することにした。


(俺も今のところ、四人目からの接触は無い。みんな、自分の直接の前世は避けるみたいだ。禁忌に触れやすいんだろう)


 ケイマルの言う事も、もっともだ。

 禁忌なんてのが無ければ、何度生まれ変わっても自分自身なのだから、手を貸してくれるはず。もちろん、後になるほど人生経験が積み重なるわけだから、情報格差は凄い事になるが。


(ちなみにケイマルは何を目指してるの?)

(冒険家。だから、この街に住む冒険家の夫婦に産まれた)

(なにそれ、カッコイイ)

(大変だぞ。物心つく前から鍛えられてたからな。剣術に魔術に……)

(へぇ……)


 いわゆるチートではないが、それに近いものが身に着くわけだ。どんな親の元に産まれるかは大きな要素だ。


(あ……今、魔法って言った?)

(魔術だよ。炎の矢を撃ったり、凍らせたり。魔法ってのはそうした術を体系化して、組み合わせて使う学問だ。腰を据えて学ぶしかない)


 フムフム、とうなずく。


(でも、そうして身に着けた知識は、転生しても持ち越せるんだよね)

(知識だけあっても、訓練しないと使えない。何より魔石は持ち越せない)

(そうだった。なかなか面倒くさいね)


 そこで、気になった点。


(魔石、持ってるんだ)

(今の母さんから貰った。ペンダント型のお守りで、母さんがずっと魔力をためてるから、結構使える)


 なるほどな。親のありがたみを凄く感じる。

 コニルは心の中でつぶやいた。


(なんかもう十人目なんて、仙人か何かになってそうだな)

(そのせいなのか、九人目以降は接触を絶っているらしい)


 なにやら不穏な感じだが、そこまで行くともう、何を話しても禁忌なのかもしれない。

 ケイマルは話をまとめに入った。


(とりあえず、こちらから伝えたかった事は以上だ)

(サンキュー。こっちはそうだな、徒弟でも飯はそんなにひどくなかった。あんなに大勢で飯食ったのは初めてだったけど)

(……ああ、何とかぼんやり覚えている)


 懐かしさがほのかに感じられる。


(アニメの話題なんて何十年ぶりだったかな。すっかり忘れてたよ)


 しみじみそう語るケイマルに、コニルは「また明日」と告げてクーポンを消した。


* * *


 翌朝、コニルは喧騒の中で目を覚ました。


(げっ、出遅れた?)


 あわてて跳び起きて、寝間着を脱ぎ捨ててお仕着せに着替える。


「新入り、寝間着はこっちだ」


 昨夜の夕食でも仕切っていた、年長の徒弟だ。名前は確か、グーヴィアン。多分、ニオール師が院長をやっていた孤児院の子供らの一人。

 だからきっと、単に面倒見がいいだけだ、ということにしておこう。その方がスムーズに行く。そう考えて、コニルは指示に従う。


 私物となるお仕着せとは違い、寝間着は共有だ。脱いだら籠に入れ、夜はそこから適当に出して着る。ちょっと不衛生な気がしないでもないが、定期的に洗濯してはいるという。


 顔を洗って階下の食堂へ。もうみんな、席に着いていた。

 グーヴィアンが声をかけてくる。


「さっさと座れ、コニー」


 どうも、互いに呼び合う時――特に年長から年少へは、こんな感じに名前を省略するらしい。


(多分、新入りの頃のコイツはグヴィーだったろうな)


 脳内ではグヴィーと呼ぼう、と決めつける。荒っぽい命令口調でも、中身が二十歳のコニルには、それくらい考える余裕があった。

 全員座ると、朝食の料理が配られた。


(うーん、夕べのスープか)


 しかも冷めている。黒パンが「齧る」ではなく「噛みちぎる」硬さなのが、まだ救いかもしれない。


「では、食前の感謝の祈りを!」


 グヴィーはそう言うと、神官のように印を切って祈り始めた。他の徒弟たちも唱和する。


(これ、夕べは無かった!)


 昨夜は中番頭のドヴィッディにあちこち連れ回されたので、夕食に少し遅れてしまった。食堂に着いたら、既にみんな食べ始めていたのだった。


(祈りの文句、覚えておくんだったな)


 一人だけ黙ってるのは気が引けるし、ニオールにも「信仰の方も頑張る」と約束した。それに、この世界の神々は具体的に祈りに答えてくれる。

 みんなの皿が淡い光に包まれ、暖かい湯気が立ってきた。祈れないコニルの皿も。


「いただきます」


 塩味だけの素朴すぎるスープだが、身体を内から温めてくれる。それだけでもありがたい。

 そして、祈れないのに加護に預かると言うのは、何とも居心地が悪いと知ったコニルだった。


(次の礼拝日、大聖堂に行ってみよう)


 ニオールやソリアンに会えるかもしれない。


* * *


 食事が終われば仕事だ。

 徒弟たちは倉庫から商品を出し入れし、店舗に並べている。あらかじめ仕事を割り振られているようだ。

 しかし、割り振ってもらわないと、さすがに何をしていいかわからない。今のコニルがそうだ。

 そこで、知った顔を探す。昨日、ずっと一緒だった中番頭のドヴィッディだ。


「おう、コニル」


 向こうが見つけてくれた。


「これを持って倉庫に行って、在庫を確認してくれ」


 昨日触らせてもらった蝋板を渡された。


「出し入れしてる奴らも在庫を付けてるんだが、どうもミスが多くてな」


 いわゆる、ダブルチェックだ。


「わかりました!」


 返事は元気よく。昨日案内された店舗の裏手へ急ぐ。

 このメリッド商会が扱う商品は、主に布地だ。特に、例の英雄ダイゴが東方からもたらした、絹の売り上げが大きい。魔の森の手前に彼が築いたメクレンス王国の特産品で、産出法は極秘とされている。


(確か、蚕の繭から採れるんだよな。桑の葉を食わせて)


 前世の知識はその程度だから、具体的には何の役にも立たない。倉庫で絹の反物を数えて蝋板に書き込みながら、そんなことをつらつらと考える。


(あ、でも絹が蚕の繭ってのも、知られてないんだよな。今のこの国では)


 昨日、客を相手に店員が、「東方よりもたらされた神秘の布地」などと売り口上を話していた。

 となれば、桑の育ち具合で生産量が分るかもしれない。メクレンス王国が絹の製法を秘密にし続けてくれれば、コニルだけが知ることのできる情報となる。


(相変わらずチートってほどじゃないけどな)


 使えるものは何でも使う。学べるものは何でも学ぶ。

 そうして、自力でささやかなチートを作り上げていく。

 日々の単純作業の中で。


(今は、これしかないんだものな)


 決意を新たに。

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