第10話 わびしい夜、別人の自分

「コニル君、それ……」


 指さされて、クーポンを手にした右手をそっと隠す。


(あれ?)


 それでも、ソリアンの指も視線も動かない。コニルが書いた手紙の方に、釘付けになってる。


(ひょっとして、転生クーポンって他人には見えない?)


 考えてみれば、物質っぽくない。手を放せばそこに浮いてるし、消えろと念じれば消えるし。手に持てば質感を感じるのに、机などに突き立ててみてもすり抜けるだけ。


「凄いですわねぇ……ついこの間、文字を覚えたばかりとは思えませんわ」


 ソリアンに絶賛されるのは、素直に嬉しい。


(昭和生まれ先生のおかげだな……)


 前世の大学に、未だに手書きのレポートしか受け付けない大学講師がいた。しかし、書くのはPCの方が圧倒的に速い。そこで、祐樹は学友たちを相手に「手書き清書」で小遣い稼ぎをしていた。

 だから、使う文字は違っていても、行間や改行の入れ方などは慣れている。そのため、整然とした読みやすい文章になったわけだ。


(まぁ……ボキャ貧だけどな)


 自分で文章を考えて、気の利いた慣用句とか使うと馬脚を現してしまう。その点、五歳児の使える言葉の範囲なら問題ない。


「うん。良く書けたみたいですね。では、一旦かたずけて食事にしましょう」


 オニールに言われて、コニルはクーポンを消して、筆記道具や書いた手紙を片付けた。


 そして、テーブルに並べられる料理。出来立てなので、湯気が立ってる。食欲をそそる香りに、思わず頬が緩む。

 三人で席につくと、ニオールとソリアンは静かに感謝の祈りをささげた。コニルも神妙にこうべを垂れる。

 とりあえず、他者の信仰は尊重する。日本人的な宗教感だ。


「うん、今夜のメシもうまい!」


 具だくさんでクリームシチューのような料理。良く見ると、十円玉サイズのこげ茶色のキノコが入っていた。昨夜のスープにもみじん切りで入っていたものが、丸ごとだ。


(そう言えば、徒弟になったらこんなに美味いメシ食えないよな、きっと)


 神官になっても、年に何日かと言う事だ。商家の徒弟なら、おそらく故郷の村と大差ない食糧事情だろう。

 救いは、都会なら不作でも飢える心配は無い点だろう。豊作だった地域から買えばいいので、田舎と違ってすぐに食糧危機にはならないはずだ。


(商人として成功したら、みんなを都に呼び寄せるのも良いなぁ)


 そうは思ってみたが、その頃はきっと、ケラルもティナも嫁に出されている。一番呼び寄せたい相手が、一番遠い存在になってるわけだ。


(わびしいな……)


 食事が終われば、後は寝るだけ。


「コニル君、私たちは就寝前の祈祷があるから、先に寝ていてくれたまえ」


 そう言って、ニオールはソリアンを伴って、空いた食器を持って出て言った。

 言われるままに寝間着に着替えてベッドに入り、見たままの五歳児でない彼は思った。


(お祈りの後で、裏の庭園に行くのかなぁ……)


 さらにわびしくなったので、さっさと寝ることにした。

 寝つきの良さだけは、五歳児で良かったと思うコニルであった。


* * *


 翌朝。

 例によって、目を覚ますとニオールは既に起きた後のようだった。寝崩れてよれた寝間着が丁寧に畳まれている。


 コニルも起き出して、顔を洗って着替える。寝間着と毛布を畳んでいると、朝食を手にしたニオールとソリアンが部屋に入って来た。

 朝の挨拶と食前の祈り。


 食事の後、ニオールが聞いてきた。


「仕立て屋が昨日、仕上がるのは昼頃と言ってましたから、メリッド商会へ行くのは午後になります。なので、今日の午前は空きましたね。どうしますか?」


 思っても見ない、自由行動だ。


「……じゃあ俺、都をぶらついてみたい」


 考えてみれば、ここ大聖堂とメリッド商会の間くらいしか歩いたことがない。広い都から見たら、一割にも満たないはず。


「いいでしょう。私たちはお役目があるので同行できませんが、一人で大丈夫ですか?」

「うん。道に迷ったって、大聖堂なら誰に聞いてもわかるだろうし」


 すると、ソリアンがクスクス笑って言った。


「それもそうね。最近は治安がいいと、先輩シスターたちも言ってましたし」


 ニオールは懐からあるものを取り出した。


「では、これを」

「これ……いいの?」


 門番に見せていた守護印アミュレットだった。


「お役目で外に出ることがあれば、彼女も一緒ですから」


 ああ、なるほどね。

 そうつぶやいて、コニルは首から下げた。


「じゃ、行ってきます! 昼には戻ります!」


 そう告げて、部屋を飛び出した。誰もいない裏の庭園を抜けて、小さな門をくぐると。


「……お前か」


 あの山猿を思わせる少年が、こちらを凝視していた。


(俺が思ってる通りの相手なら……)


 右手を横に突き出し、転生クーポン、と脳内で唱える。少年の視線がそっちに逸れ、再びコニルの顔に戻る。

 そして、少年の手にも金色の紙片が出現した。

 コニルの物より、幾分短いものが。


(……やっぱり)


 少年はコニルのところへ歩み寄ると。


「俺はケイマル。ちょっと話したいから、来てくれ」

「……ああ」


 ケイマルと名乗った少年……来世かそれ以降の自分の後に従って、コニルは歩きだした。


* * *


「美味いか?」

「……ああ」


 場所は領主館の前の大広場。門前広場より大きく、いつもあちこちに屋台が出ている。その一つで買った、蜂蜜を入れたホットミルクを二人ですすりながら、並んでベンチに座っている。


「悪いな、おごってもらって」

「良いって。今はまだ一文無しだろ、よく覚えてる。商人になってから返してもらうから。出世払いだ」


 しばらく無言で甘くあたたかいミルクを味わう。

 そして器が空になると、コニルが切り出した。


「お前は、俺のこれからを知ってるんだよな?」

「知ってるが……言えないことの方が多い」


 ケイマルの返事は、まるで棒読みで抑揚がなかった。


「なんか変だぞ、お前の喋り方」

「俺もそう思う。そうか、こんな感じだったのか」


 ふぅ、とため息をついて、ケイマルは続けた。


「俺がコニルだった時に聞いた通りのことなら、勝手に言葉が出てくる。それ以外の事を話そうと……すると……」


 ヒュウ、とケイマルの喉が鳴った。しばらく黙り込む。


「おい……大丈夫か?」

「……ああ。禁忌タブーに触れることだと、こんな風に声が出なくなるんだ」

「禁忌か……結構、えげつないな」


 コニルの中で、またあの老人と幼女の神々の評価が下がりかけるが――。


「仕方ないさ。例えば、俺がお前に何か将来の事を教えて、お前の生き方が変わったとしよう」

「……うん」

「そのせいでお前が『次はよその国に産まれたい』なんて決めたら、今ここでお前と話している俺は居なくなってしまう」

「……あ」


 そこで、コニルも理解した。


「パラドックスか?」

「そう。同じように、前世や来世の自分を殺したりするのも禁忌だ」


(確かに、因果関係がぐちゃぐちゃになっちまうな……)


 その時、大聖堂の昼の鐘が鳴り響いた。


「あ……ニオールさんに、昼には戻ると言ってたんだ」

「そうか、じゃあ最後にこれを教えておく」


 そういうと、ケイマルはクーポンを出した。

 彼のクーポンを間近で見て、コニルはあることに気が付いたが、ここでは口にしなかった。


「コニル、お前も出せ」

「ん……ああ」


 すると、ケイマルは広場の中央まで走って行き、振り返った。


『聞こえるか、コニル』

「うわ!?」


 その瞬間、まさにコニルの耳元でケイマルの声が響いた。


『同時にクーポンを出している間だけ、こうして会話ができるんだ』

「へー、こりゃ便利だね。まるでトランシーバーだ」

『まぁ、クーポンを見せ合わなきゃならないから、目の届く範囲だけどな』


 そこでコニルは思いついた。


「ずっと出しっぱなしだったら?」


 しばし間があった。


「これを出すにも、魔力が必要なんだ。魔力が切れると気を失う」


 チートが無いから、魔力も一般人並み。余裕はあまりない。


「そりゃまずいな。なら、時間を決めてやれば? 朝の一の鐘とか」

「長話で失神するのも避けたい。夜の方が安全だ」


 就寝を促す最後の鐘で、クーポンを介した連絡をする約束をし、コニルは大聖堂へと歩きだした。

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