農夫の子、コニル

第2話 農家の次男坊

 祐樹は『転生クーポン』をにらみつけた。金メッキしただけの紙にしか見えない。しかも、その使い道が。


 ――同じ人生を繰り返すだけ?


 禿頭の神が答える。


「いや。そのたびに別人として生まれ変わるのじゃ。そして、産まれる時期も場所も変わる」


 ――それ、自分で決められるんですか?


 幼女の神が答える。


「二度目からはね。最初は一番無難な場所で、最終戦争が起こる五十年前となるわ。言わば、『最後の半世紀』ね」


 ――五十年?


「この世界のこの時代の、平均余命じゃ。お主は五歳の子供として前世の記憶を取り戻す。乳幼児では記憶が入りきらんからのぅ」


 ――その人生で頑張れば、その次の人生はマシになるのか?


「持ち越せるのは記憶だけじゃ。スキルも何も、五歳の子供からやり直しとなる」


 ――なんだよそれ!?


 ジジイ神に詰め寄るイメージ。


 ――そんな……何で、最後は滅ぶと分ってる人生を、最初から十回も繰り返さなきゃならないんだよ? チートになってないじゃんか!


「滅ぶとは限らんぞ。回避する方法はあるはずじゃ。おぬしの生き方次第で、転生のたびに次の人生は変わって行くのじゃからな」


 ――だったらいっその事、十人を転生させて力を合わせた方が……。


 すると、幼女な方の神様が、両手を胸の前でもじもじさせながら。


「その……ちょっと今回、助けが必要な世界が多すぎてね……主世界から魂をもらってくるしかなくて、ひと世界に魂ひとつが限界なの」


 ――主世界って……?


「あなたがいた世界。最初に生まれて一番大きいの。私が産んだのは諸世界。沢山あるけど、とても小さい」


 目の前に太陽系のような映像が映し出された。真ん中の、大きな球体に沢山の銀河団が張り付いたのが主世界。その周りを巡る小さなのが諸世界。

 何千もあるように見えた。


 ――じゃあ、あの地震ってもしかして?


「……魂魄こんぱく税の徴収が押し切られちゃったの」

「魂魄省の役人が、『自力で生き残れないゾンビ世界は淘汰すべき』とか、『新規魂魄の発行は諸世界を財政破たんさせる』とか煩いんじゃ」


 苦虫を噛み潰す禿頭の男神。


「GUP(全宇宙総生誕グロス・ユニバース・プロダクト)を増やせば問題ないのにねぇ。産めよ増やせよヤリまくれ」


 肩をすくめる幼女神。今、幼女らしくない台詞があった気がするが……。

 老神の方も、ため息交じりに。


「つまり、諸世界を通して魂魄が逼迫ひっぱくしているんじゃ。なので、魂が豊富な主世界からもらって来て、転生を繰り返させるしかなくてな」


 ――繰り返しの転生……それって結局、魂の使い回しでは!?


「リサイクルと呼んでほしいのぅ。なんとなく、エコじゃろ?」


 幼女な女神がにこやかに言葉を継ぐ。


「それじゃ、よろしくね。私の可愛い子、この世界をよろしく」


 ――ちょっと、ちょっと待って!


 目の前の転生クーポンの一枚が千切れ、光の粒子となって消えて行く。同時に、二柱の神々の姿と白い空間が渦を巻き、祐樹の意識は飲み込まれて行った。

 祐樹とコニル、二つの記憶がせめぎ合い、反発する。やがてそれらは渦を巻き、混ざり合っていき……。


* * *


 翌朝。

 いつものように目を覚ましたコニルは、両手を見て不思議そうにつぶやいた。


「そうか。これが転生した俺……僕、コニルなのか」


 そして、心の中で唱える。


(転生クーポン)


 すると、右手のすぐ上にの金色の紙片が現れた。指でつまむと、しっかりと質感がある。安っぽい金メッキの質感が。十枚つづりのそれは、最後の一枚が欠けていた。


(まずは、最初の転生ってわけだな)


 隣で「ううん……」とうめく声。姉のケラルが目を覚ましかけていた。


(おっと、消去!)


 転生クーポンを消す。そしてほとんど反射的に、コニルの口をついて言葉が出た。


「おはよう、姉さん」

「おはよう……コニル、あんた大丈夫なの?」


 頭がはっきりすると、夕べの事で心配になったらしい。


(変な感じだな。こんな幼い女の子が『姉さん』だなんて)


 この世界で物心ついてからずっと一緒だった、弟妹思いの優しい姉。若草色の髪とそばかすが目立つ顔立ち、クリッとした青い瞳。身びいきを差し引いても、十分に可愛らしい。


「うん、もう大丈夫」


 もう一度、姉を見る。そう、すごく可愛い。だから、ギュッと抱きしめた。


「ひゃっ? な、なんなのよ?」

「心配かけて、ごめん」


 などと言いながら、心の中では。


(ああ……これが実の姉でなけりゃ、幼馴染ゲットなのに!)


 とてもじゃないが、純真な五歳の少年が考える内容ではない。

 腕の中の女の子の温もりを感じる。わたわたしていたケラルも「しょうがないわね」と言って抱きかえして来た。

 心地よいが、やはり姉弟だ。


(これは流石に、チャンスじゃないよなぁ……)


 そもそも、五歳児の身体ではどうしようもない。

 その時、反対側で寝ていた兄のトニオが起き上がり、思いっ切り伸びをした。


「ふわぁぁ……くそ、寝た気がしねぇや。お前のせいだぞ、コニル」


 長男だけあって、かなり俺様なところがある。それでも、夕べは本気で心配してくれた。


「ごめんよ、何だか……怖い夢をみたっぽい」


 そう。あれはまさに悪夢だった。なにしろ、このまま自分が何もしなければ、五十年後にこの世界は滅んでしまうのだから。

 そう思うと、自分の中に焦りを感じる。農夫のままでは、この世界を変えるどころか、村から一歩も出られないのだから。


(何より、もっと出会いがないとな……特に女性と!)


 昨日までと同じ農作業をしながらも、頭は違うことを考え続ける。


(くそっ! 何が『一番無難な場所』だよ。それなら『勇者□トの子孫』とかにしろよな?)


 一応、真面目なことも考える。


(まず、前世の記憶がはっきりしているうちに、書き留めておかないとな……え、書く?)


 ショックだった。思わず頭を抱えてしまう。


(コニルとして生まれてこの方、『文字』すら見たことがない!)


 田舎の農村。識字率など限りなくゼロに近い。と言うより、村でまともに読み書きができるのは、たった一つある礼拝所の神官しかいないはず。だから書物なんてものも、そこにある聖典くらいだろう。


 前世の記憶を取り戻すまでは、この世に普通に生まれて育ってきた。だから会話は全く問題ない。しかし、読み書きはさっぱりだ。こんな環境だから当然だが。


(逼迫してるから特典なし。つまり、こういうことか)


 この世界の事は自分で何とかして学べ、と。チートなナニカが欲しければ、自分で仕込め。


(……ってことは、お約束のイベントなんかも、この人生で伏線を仕込んでおいて、来世で回収ってことか!?)


 ますます、農夫なんてやってる場合ではない。


* * *


「えーと、藁束を五十本ずつ積んで、その山が十七あるから、全部で八百五十本。一本が三ゲラだから、二千五百五十ゲラか……」


 小枝で地面に数字を書いて、計算していく。

 ゲラとは重さの単位で、持った感じでは二百ミリの牛乳パックぐらい。つまり、五百五十キロがこの畑の収穫物だ。しかし、これを運んで脱穀などしないと、食糧とはなってくれない。

 自分らで開墾した畑は自給自足が精々だが、これがあるだけコニルの生家はかなりマシな方だ。


「コニル、さっきから何やってるの?」


 地面にうずくまってブツブツつぶやいてる弟の手元を、姉のケラルが覗きこんだ。朝の熱き抱擁のせいか、距離がぐっと近くなった。


「……数字が一杯ね」


 学問と縁のない農家の子供でも、流石に数字はわる。……わかるのだが、その先はケラルにはわからない。


「計算だよ。この藁束の山を運ぶの、荷車借りなきゃ無理だろ? 一往復なら半日で済むけど、二往復になったら借り賃が倍になっちゃうからさ……」

「計算? ……計算って……」

「村に三千ゲラ積める荷車ってあったっけ? 二千ゲラ積みしかなかったら、残りは父さんや兄さんにも手伝ってもらって……」


 ケラルは真っ青になって家へ向かって走り出した。


「母さん! 母さん! コニルが変なの!」

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