転生クーポンあげます! ~魂のリサイクルとセルフ伏線で異世界を救えって?~
原幌平晴
第1話 プロローグ
少年は窓際により、夕焼けに染まる西の空を見上げた。窓辺に沿えた手は、五歳という幼さにふさわしく、ふっくらとしている。
しかしその声には、大人びた落ち着きが感じられた。
「今夜だね、コニル。君が目覚めるのは」
同じ月を見上げながら、広いこの世界のあちこちで、少年たちが同じ言葉をつぶやいた。
今、物語が始まる。
同じ魂を共有した、十人の人生が。
* * * * * *
「コニル、そろそろ帰ろう」
「……うん、姉さん」
コニルは縛り上げた藁束を積み上げると、両手をはたいて空を見上げた。夏の頃より透明度を増した空が、茜色に染まってきている。
五歳を迎えてから始まった畑の手伝いだが、秋の収穫を迎えた今となると、かなり慣れて来た。
二つ上の姉、ケラルのところへと歩みより、手を繋ぐ。コニルの髪は深緑、姉のは若草色だが、どちらもこの世界では珍しくなどない。
そして、どちらの掌もガサガサ。幼いながらに農夫の手だった。それでも姉の手は暖かく、一緒に仕事を仕上げた満足感が心を満たす。
夕闇せまる中、家路をたどる。山間にあるこの村は、冬が近づくと日の入りがどんどん早くなる。
西の空を見上げると、細い銀色の三日月がかかっていた。
(そう言えば、僕が生れたのは秋二月三日の夜だったと、母さんが言ってたな……)
この国では、年齢は「数え年」となる。年の初めに国中の全員が、一つ歳をとるのだ。そのため、一人ひとりの「誕生日」を祝う習慣はない。
生れてからずっとそうだったので、コニルは疑問にすら思っていないのだが……。
(なんだろう? なにか引っかかるような……)
家に戻れば、両親と兄のトニオ、妹のティナが待っていた。
「にーちゃ、にーちゃ」
二歳のティナが片言でコニルを呼びながら、とてとて駆けよって来た。「ただいま」と言いつつ抱きしめる。
「裏の畑、二人で収穫終らせのか。頑張ったな」
父がケラルとコニルの頭をガシガシと撫でながら労った。
「ケラル、コニル、早く席につけよ」
「「はぁい」」
兄は空腹で夕食が待ちきれないらしい。
十歳のトニオはもう、一人前の働き手だ。今日は父と一緒に共同農地の収穫に駆り出されていたのだった。
自宅に近い農地は、春に一家総出で開墾したものだ。しかし、その後の世話は主に半人前のケラルとコニルが行ってきた。
食事の間は、この秋の収穫祭の話題で持ちきりだった。子供たちは皆、そわそわしてる。
七歳になったケラルは、娘たちの踊る奉納の舞に参加できるためだ。質素なものだが、村の女たちが手作りした髪飾りがもらえる。
コニルと兄トニオは、屋台の食べ物が待ち遠しい。
一番下のティナだけはポカンとしていたが、兄たちや姉の話を聞いているうちに興味が出て来たらしい。
「ティナもいくー! おまつり、いくのー!」
「はいはい、一緒に行きましょうね」
母の膝に抱っこされて騒いでいるうちに、ティナは疲れて寝てしまった。そして、コニルたちも雑魚寝の寝床に潜り込む。
夜が明ければ、また畑に出て仕事。これを一生繰り返す。
次男坊のコニルは畑を継げないので、将来的には別の農家に婿入りするしかない。それでも、畑で土にまみれる生涯なのは変わらない。
特に不満もなく、疑問も持たなかった。それ以外の生き方も、村の外の事も知らず、興味もない。
しかし。
「うわあああああ!」
突然、弟が叫んで飛び起きたので、トニオもケラルも驚いて目を覚ました。
「どうしたコニル!?」
「コニル! お姉ちゃんよ、わかる?」
びっくりしたティナが泣きだし、母親は必死に抱きしめてなだめる。代わりに父親が起き出して、子供らに声をかけた。
「一体、何がどうした?」
「わからないの、父さん……コニルが突然……」
何が何だかわからず、家族がみな混乱する中で。
一番の混乱の極みはコニルだった。
(誰だよコニルって、俺は
* * *
――ここは? 一体、俺は……。
気が付くと、周囲は一面の白。
――ついさっきまで、ダルい講義中で居眠りしてたんだが……
大学の教室に霧が出るはずが無い。そうだ、こりゃ夢に違いない。なら、寝よう。寝ちまおう。
そこで目をつぶろうとして気が付いた。瞼が無い。目を閉じれない。いや、そもそも目を開けてもいない。
身体の感覚が、全くなかった。
――こりゃ、エライことになったぞ!
何か異常な事が起きた。
――ああ、そうだった。突然、大きな地震があって天井が崩れて来て……。
そこまで思い出して気が付いた。自分は死んだのだと。
――なんてこった。やりかけのゲームが! 読みかけの連載が! 今期の話題のアニメがががっ!
煩悩まみれで後悔しまくりである。
――死は不平等なんだな。
誰でも、死ぬときには死ぬ。でも、どこまで人生を謳歌したかは別だ。
――俺、結局、一生童貞だったし……。
しかも、「人生=彼女いない歴」が確定してしまったのだ。生前に未練たらたらだ。
と、その白一面の世界に、二つの染みが生じた。どんどん広がって、やがて二人の人影となる。
一人は背の高い老人。禿頭で白く長い顎髭だが、背中はしゃんと伸びていて
もう一人は金髪で緑の瞳の幼女。こちらもニコニコと愛想がいい。
二人ともゆったりした白い布を身にまとっていて、地面も何もない空間にふわっと浮いている。
――えーと、あの……。
「わしは諸世界の主神」
「私はその妻で諸世界の母」
――あ……神様?
それなら話が早い。
――急いで生き返らせてくれ! やりかけのゲームとか、なによりまず、女とヤッたことも無いんだから!
女と言えば目の前に女神がいる。どう見ても十歳くらいにしか見えないのに、妻で母だとは。まぁ、神様なのだからその辺は気にしても仕方がない。
――お願いします、女神さま。一発ヤラせてください!
新藤祐樹は断じてロリでもペドでもないが、それこそラストチャンスだ。死んだ気になって頼み込む。何しろ、もう死んでるから本気だ。
幼女な女神はきょとんとした後、傍らの夫を見上げてニヤリと笑った。
「なんか生きの良い魂が来たよ♡」
「うむ。これなら耐久性がありそうじゃの」
こほん、と女神は咳払いして話しだした。
「えーっとね、そっちのチャンスはこれからいくらでもあげるから、まずは話を聞いてね」
というわけで、とりあえず正座……をしたイメージ。何しろ、脚も何もない。
「それでね、私が産んだ世界の一つ何だけど。まあ、よくある『剣と魔法』の世界、って設定にしたの」
目の前に、その世界の年表が表示された。
「で、なるべくヒト族と魔族のバランスを考えたのに、どうしてもこの時点で最終戦争を起こして、どっちも滅びちゃうのよね」
――はぁ……で、まさか俺にその世界を救えと?
出たよ。これが例の異世界転生か。あの続きを見損ねたアニメそのまんま。
ありきたりではあるが、転生と言えば
……と思うくらいには現金なオタクなのが、この祐樹という青年だった。
「まぁ……そうなんじゃがな。ちと、わしらの方も
「あまり……その、強力な特典って、付けて上げられないの」
すると、男神の方がギロリと女神をにらんだ。
「そもそも、おぬしが調子に乗って世界を産みまくるからじゃ!」
「なによこのハゲ! あんたも億年単位で溜めまくってたじゃないの!」
いきなりバッと左右に分かれて身構えた二柱は、格闘ゲームそのままにバトル開始。
――スッゲー! これが
さすがに神々の闘いは神がかってる。残像を残した猛スピードだ。うなりを上げる鉄拳、雷光をまとう蹴り。
……しかし、しばらく見ていると飽きてくる。
祐樹は声をかけた。
――あの~、夫婦喧嘩は馬も蹴らない、と言いますし。
ピタッと二柱は止まり、それぞれが突っ込んだ。
「それを言うなら、『犬も食わない』だよ!」
「全くもって、近ごろの大学生の国語能力は酷いのう……」
――すみません。
素直に謝る。そして懇願。
――ところで、世界を救うなら……お約束ですよね。
いわゆる特典。チートと呼ばれるものだ。さっき何だか、気になる言葉が出たようだが、そこはあえて無視して。
「なので、これをお主に授ける」
目の前に、十枚つづりの切手のような紙が現れた。五枚ずつ二列に並んでいて、金地に黒で一から十まで数字が振られている。
幼女な神が解説を始めた。
「これはね、『転生クーポン』。この世界で一生を終えたら、このクーポン一枚ごとに一回、人生をやり直せるの」
いかにも安ピカで、胡散臭いアイテムに見えた。
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