第2話 後編
翌日、ムラタはひき逃げに遭い、ミノルは行方不明になった。
ムラタは夜中に何度も何度もしつこく轢かれたみたいで、朝見つかった時にはとてもじゃないが見れたものではなかったらしい。
俺とリョータは頭の中が真っ白になった。
朝のホームルームまで二人で呆然としていると、俺はあることが頭をよぎった。
「まだ、ミノルは生きてるんじゃないか?」
「は?」
「だって、まだ死体は見つかってないし、アラシマさんだって、昨日の夜中はムラタを轢き殺してたんだ。時間的にそんなに同時に殺せるか?」
「確かに可能性はあるな」
「アラシマさんの家の場所は知ってる。今ならまだ間に合うかもしれない」
「は? のり込む気かよ? 相手は人殺しだろ。警察に行こうぜ」
「でも、今こうしている間にもミノルがやばいかもしれないんだ。時間がない」
「俺はごめんだ、自分の命が惜しい」
俺はその言葉にカッとなって、教室を飛び出した。
くそ、友達の命が大事じゃねーのかよ。
「待って!」
無我夢中で廊下を走っていると、後ろから俺を呼び止める声がした。
リョータが追いかけてきてくれたのかと、振り返ると、そこにはムラタの彼女のエリカがいた。
「あんた、何か知ってるんでしょ。だから、昨日あんなに必死だったんだね。話してよ」
「エリカちゃん、悪い、今は時間がないんだ」
「……タカヒロを殺した奴の事に行くの?」
タカヒロとはムラタの名前だ。
俺は黙って頷いた。
「私も行く」
そのとんでもない言葉に俺の口調は荒くなる。
本当に時間がない時になんなんだよ。
「は? 馬鹿か、相手は殺人犯だぞ、あぶねーよ」
「自分だって行こうとしてるじゃん、一人より二人でしょ」
「女が戦力になるかよ」
「私、護身用に催涙スプレー持ってるよ」
「じゃあ、それ貸せよ」
「いや! タカヒロは私の家に遊びに来た帰りに殺されたの、半分は私のせい。絶対仇取りたいもん」
俺は咄嗟にカッターナイフをポケットに入れていたが、これだけでは戦力が心もとないのは事実だった。
「……わかったよ、ただし絶対に俺の指示を聞けよ。あと、危なくなったら俺を置いて逃げろよ」
「うん」
相手は五十のオッサンだ。流石にエリカを逃がすことぐらい出来るはずだ。
大丈夫、今までのみんなは油断した所を襲われたからやられただけだ。
普通に住宅街の真ん中にその家はあった。
隣の家とも大した違いはない赤い屋根の家。
表札も間違いはない。
中からは微かに犬の鳴き声がする。
俺はインターホンのボタンに指を付ける。
「いいか、最初は友好的にいくんだぞ。ミノルの居場所がわかれば、ミノルを連れ出すことが最優先だ。向こうが仕掛けてきたら、全力で倒すぞ。もし、家に誰も居ないようならこっそり庭からは言ってミノルを探す。いいな?」
エリカは黙って頷いた。
―ピーンポーン
その音は家の中以上にまるで悪魔の鐘のように俺たちの中に重く響いた。
その音に反応したのか、家の中の犬の鳴き声がいっそう激しくなる。
そして、一つの足音が玄関まで近づいてきて、ドアの鍵をガチャリと開ける。
「はーい、おや? 君たちどうしたの?」
大量の犬猫に囲まれ、アラシマさんが玄関から出てきた。
格好はいつもの白のタンクトップで、表情は外で会う時と変わらず明るい。
「あの、僕たち犬が好きで、良ければワンちゃんがいっぱいいるアラシマさんの家を見てみたいなぁ、なんて」
「おぉ、いいよいいよ。ぜひぜひ」
あっさりと、家の中に招かれる俺たち。
平日の朝に制服で、そんなよくわからない理由。
互いの探り合いは始まっていた。
いや、もう終わっているのかもしれない。
あと、互いに実力行使か。
玄関を一歩入れば、どれだけ誤魔化しても誤魔化しきれない獣臭がする。
リビングに通されると、その匂いに糞尿の匂いも混ざる。
俺たちは鼻を抑えるのを必死に我慢しながら、部屋の中央になるテーブルに座る。
来客に興奮しているのか、犬猫がせわしない。
二階や隣の部屋からもドンドンと犬猫の暴れる音がする。
俺とエリカはちらりと二箇所ある部屋の窓をみた。
そこには絶望的なことにシャッターがしまっていた。
つまり、逃げるなら今入って来た扉を通るしかない。
「ははっ、恥ずかしいところを見られたね。その窓はうちの犬が悪戯で割っちゃってね。応急処置でシャッターを下したんだよ」
俺たちの視線に気が付いたのか、アラシマさんが窓についての説明をしてくれる。
確かに、窓は歪にひび割れている。
「で、どんな犬が好きなんだい?」
「えっと、小さくて可愛いの」
エリカが場を繋ぐためにラリーを返した。
「そう、ネコは好きじゃないの?」
「えっ、別に好きだよ」
「……じゃあ、なんであんなことしたの?」
俺たちの背筋は凍り付いた。
しかし、エリカは鋭い目付きをし、まだ口を開いた。
「やっぱ、あんたじゃん! ミノルはどこ?」
俺は口論をエリカに任せて、ポケットのカッターの刃を音を立てないようにゆっくりと押し出した。
――ドンドン
二階から、また犬猫の足音が下まで響く。
「こらこら、そんなに大声出さないで、うちの子たちが興奮するだろ」
アラシマさんは困ったような顔をする。
そして、顔色が徐々に曇り始める。
「でも、君たちが悪いんだろ。あんな酷い事をするから、おまけに反省もなし。死んで当然だ。ミノルくんも正しい行いを告げ口しようとしたんだ。もううちの子の餌になったよ」
その言葉にエリカが激昂して、隠していた催涙スプレーをアラシマさん目掛けて吹きかけた。
それをもろに喰らうアラシマさん。
エリカが俺の手を引く。
「逃げよ! 今の録音してたから、今から警察に行こう!」
もがくアラシマさんを背に俺たち部屋から出る扉を開けた。
そこには様々な動物のマスクを頭から被った人たちが不気味に立っていた。
俺たちは勘違いしていた。
――ドンドン
二階から足音がする。
――ドンドン
一階の他の部屋からも足音がする。
――ドンドン
これ人間の足音だ。
二階からは何者かが降りてくる音がする。
一階の他の部屋の扉の開く音がする。
そして、背中からはアラシマさんの声がする。
「男の子は何もしてないから逃がしてあげなさい。まぁ、ミノルくんのように告げ口しようとしたらどうなるか分からないけどね」
エリカが悲鳴をあげる暇すら与えられず口を押さえられ、拘束される。
「これで今月も餌代が浮くね」
そこからの記憶がない。
ただ、エリカが行方不明になったと次の日担任が告げた事だけは覚えている。
俺はそれから逃げるように隣の県の大学に合格し、一人暮らしを始めた。
アパートを大学の近くに借りたせいで若干溜まり場になってる感は否めないが、あの日の事は夢だったんだと言い聞かせるように暮らしていた。
ある日、いつものように俺のアパートで友達数人と飲んでた時の話だ。
俺はいつものメンツが欠けていると思い、他の友達に聞いてみた。
「おい、最近ハヤシ見てないな、どうしてんの?」
空気が重くなるのを感じた。
で、その中の一人が仕方なくと言った調子で口を開いた。
「お前はあいつと学部違うもんな。あいつ、少し前に死んだよ。何でも複数人に囲まれてリンチにあったらしい。多分、ホームレスの反撃にあったんだろうな」
「は?」
「口止めされてたから今まで言わなかったけど、あいつガラの悪い奴らとつるんで、ホームレス狩りとか言ってストレス発散してたんだよ。こないだとかホームレスの飼ってた犬蹴り殺したとか笑って自慢してた。正直、死んでせいせいしたよ」
俺は何の確証もないが、あの日の事件がフラッシュバックした。
「なんか犬の散歩してたおじさんが朝発見したみたい。その時には顔が原型がないほどだったって」
「なっ、なぁ、そのおじさん、白のタンクトップじゃなかったか?」
「さぁ、俺はそこまでは知らないけど……あっ、でもそんなこと誰か言ってたっけなぁ?」
嘘だろ。ここ隣の県だぞ。
あの人の筈がない。
――プルルプルル
そこまで話してくれた友人の携帯が鳴った。
友人は画面に表示された名前を見てギョッとする。
「噂をすればなんとやらかな。そのハヤシのガラの悪い友達だよ。俺もそろそろこいつらと距離おきたいんだけどなぁ」
友人が電話に出ると、向こうの声がこちらにも聞こえるぐらいの大声で電話の相手は叫ぶ。
『や、ーい! 犬ー覆面、ー殺ーれる!』
「おい、どうした? 落ち着いて話せ」
――ブーブー
「なんだ? 電話が切れた? めちゃくちゃ焦ってたな」
俺は途切れ途切れの言葉から何となく推測がついてしまった。
アラシマさんだ。
あの人の手がここまで伸びてるんだ。
みんな聞いてくれ。
アラシマさんの手は少しずつ広がっている。
もう俺の想像もつかない範囲まで広がってるかもしれない。
これを忠告したかったんだ。
普通にしてれば大丈夫だ。普通にしてればな。
頭の隅に置いておけ 痛瀬河 病 @chence
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます