頭の隅に置いておけ

痛瀬河 病

第1話 前編

みんなにも注意してほしいことがあるから、この人目に多くつくであろう有名なサイトに小説として投稿しようと思う。




高校の頃の話だ。

俺の住んでいた地元は割と田舎の方で、市と名乗るのもおこがましい程、人もあまり住んでいなかった。 地元の高校に進学したものの代わり映えのしないメンツに飽き飽きしながら、早く大学に行きたいなと思っていた。

そんな時、俺の地元では猫を殺して首をゴミ捨て場に捨てる気持ちの悪い事件が多発していた。

頭のおかしいとしか思えない事件に警察も必死に犯人を捜していたが、手を焼いているみたいだった。

地元でそんな変な事件が起きれば、日頃大した話題のない俺たち学生の間で、その話ばかりになるのも仕方なかった。


「絶対、片岡さんの家の息子が怪しいって」


俺がいつもつるんでいる三人と一緒に学校から帰っていた時、その中の一人のリョータがそう切り出した。


「怪しいって、ネコ事件の犯人?」

「今、怪しいって言ったらそれしかないだろ」


ムラタがリョータに尋ねると、リョータは興奮した様子で返した。

片岡さんの家の息子は今二十代後半ぐらいで大学を中退してからこっちに戻ってきていて、ずっとニートをやっている小太りの人だ。

俺は確かに怪しいとは思ったが、フォローに回った。


「いくら、やることないからって、ネコ殺して回るかなー」


ムラタが「言えてる」と言って笑ったが、リョータは反論する。


「いや、この間見つかった猫の頭、俺の家の前だったんだよ。俺、夜中さ、喉が渇いて一回起きたわけ、そん時みたんだよ、ネコが入るぐらいのサイズのリュック肩に背負ったあの人をさ」


うろ覚えだが、片岡さんの家とリョータの家はそんなに近くなかった気がする。

確かに夜中にそんなとこを歩いているなんて怪しいかもしれない。

にわかに信憑性の増したリョータの話に俺たちはああでもないこうでもないと盛り上がり始めた。

少しヤンキーが入ってるムラタなんて俺がしめてやろうかなんて言い始めた。そんな感じでワイワイ言って歩いていたら、俺たちの中で一番大人しいミノルが突然「シッ」って言って会話を止めたんだよ。


で、何事かと思ったら、前からアラシマさんが犬の散歩をしてたんだ。

アラシマさんって言うのはここらじゃ有名な犬猫好きで有名な人で、いつも外で見かけるときは犬の散歩をしているんだ。

年中はしてないと思うけど、そう思うぐらい白のタンクトップと短パンをいつも着ている。

確か、五十代ぐらいだったけど、親が早くに亡くなって、その生命保険とか遺産で暮らしているから今は働いてない。

でも、沢山犬を飼ってるから、かわるがわる散歩させていて、一日中町のいたるところで見かける。

ミノルは犬猫が好きなアラシマさんの前でこの話題は可哀想だと判断して止めさせたんだと俺は少し感心してた。


「こっ、こんにちは」


ミノルは声を上ずらせながら、アラシマさんに挨拶をした。

俺たちはそれに続いて挨拶をした。


「はい、こんにちは」


アラシマさんはニコっと笑って挨拶を返し、四、五匹の犬を連れだって見えなくなった。

俺はミノルに「気が利いてたな」と言う意味を込めて、肘で軽く小突いたが当のミノルは青ざめていた。


「……どうしよう、今の聞かれたかな」


俺はどうしてそこまで神経質になっているんだと思いながら適当に返した。


「?」「大丈夫じゃないか? 結構前でお前が止めたんだし」


俺たち3人は何でここまでミノルが怯えているのか分からなかった。




次の日、片岡さんの家の息子が死んだ。


その死に方が最近のネコ事件同様に、だが今度はネコではなく人間の生首がゴミ捨て場に捨てられていた。警察はついに犯人がネコでは満足出来ず人に手を出したかと県外からも応援がきて大捜査になっていた。


朝から町中がその話題で持ちきりで、俺も教室までの階段をいつもより早足で駆け上がると、ミノルの席に集まっていたリョータを見つけ二人の元に駆け寄った。


「おい! ついにネコ殺しの犯人が人を殺したぞ! ってか犯人片岡さんとこの息子じゃなかったんだな」


俺の興奮気味の言葉とは裏腹に二人はリアクションが薄かった。

そして、リョータが恐る恐るといった調子で口を開く。


「なぁ、ちょっと教室出て話さないか?」


朝のホームルームまで時間がなかったが、俺たちは朝はあまり利用者が少ないため人通りのない理科室の側の階段の踊り場で話すことにした。

そこに着いた途端、ミノルが呻きながら泣き出した。


「うっ、俺が、もっと早く気が付いていれば」


俺は訳がわからずミノルに詰め寄った。


「おい、どういう事だよ!」

「……アラシマさんだ」

「あ?」

「あれをやったのはアラシマさんだよ」

 

俺はミノルのあまりにも突拍子もない発言を否定する。


「何言ってるんだよ、あんな普通のオジサンに人なんて殺せるはずないだろ」


ミノルは両手で震える自分の身体を抱きしめ、俺の言葉なんて耳にも入らないように話を続けた。


「あの人、犬猫を虐める人間を絶対に許さないんだ。多分、俺たちが片岡さんの家の息子が怪しいって話してたのを聞いたんだよ」

「だからって、殺すかよ。頭おかしいだろ」

「そうだよ! 頭おかしいんだよ!」


ミノルが珍しく声を張り上げ、その場に蹲ってしまった。

そして、その姿勢のままポツリと俺に質問をした。


「中学の時、行方不明になったケイタ覚えてるか?」

「あぁ、忘れるわけねーだろ。町中をみんなで探したじゃねーか」


俺は中学の同級生の名前を出されて動揺した。

警察も町の大人も大騒ぎになって探したが見つからなかった友人の名だ。

この流れで、名前が出るってことはつまり、


「あいつ、エアガン好きだっただろ? 実はさ、あいつこっそりネコを的にして試し撃ちしてたんだよ。俺がそれをある日見つけてさ、やめろって言ったんだけど『ネコぐらいいいだろ』って聞かなくってさ。

俺が説得に失敗して落ち込んでたら、帰り道でアラシマさんに会ってさ『どうしたの?』って聞かれたんだよ。それで俺ついケイタのこと話しちゃったんだ」


そこまで話すとミノルの身体の震えは一層激しくなる。


「俺、あの時のアラシマさんの顔が忘れられないんだ。いつもの気の抜けた顔がみるみる赤くなっていってさ、犬のリードを持つ手も震えてた。だから、あの人の前で絶対にそんな話をしちゃ駄目なんだ」


俺とリョータはその言葉にアラシマさんの顔を想像して息を呑む。


「ケイタがいなくなったのはその次の日だよ」


まだ、偶然の可能性は否めない。

でも、ミノルがアラシマさんを恐れる気持ちも分かるし、信憑性も少し出てきた。

リョータは恐る恐るといった感じでミノルに聞いた。


「おい、それを警察には?」

「ごめん、今まで怖くて言えなかったんだ」


俺たちはミノルを責められなかった。

しかし、誰よりもミノルを今まで責めてきたのはミノル自身だったのだろう。

話し終わると、蹲ってた体を起こし、震える拳を無理やり握り締め、立ち上がった。

その目には力がこもっていた。


「でも、このままじゃ駄目だよね。俺、今日帰りに警察に行って話してくるよ。でも、このことが誰かの耳に入ってアラシマさんにばれたらまずいから、二人とも黙ってくれる?」

 

俺たちは静かに頷いた。

いつも、弱々しいミノルがここまで覚悟のこもった表情をしたのは見たことがない。




そんなこともあって、帰りは珍しくリョータと二人で帰ることになった。

ムラタは今日は休みだった。


二人で特に会話もなく歩いていると、後方から独特のエンジン音を鳴らし、こちらに近付いてくる人がいた。


「どしたの、お二人さーん、元気ないじゃん」


俺たちが後ろを振り返ると、そこには原付に乗ったムラタとその彼女のエリカがいた。


「どうよこれ、実はこっそり免許取りに通ってたんだよ。カッコいいだろ?」


いつもならノリノリで根掘り葉掘り聞くところだが、先ほどのミノルの話があって俺たちは適当に「あぁ」とか「おぉ」と相槌を打つことしか出来なかった。


「なんか、二人とも元気なくなーい?」


俺たちの様子に気が付いたこの町では珍しいギャルっぽいエリカが疑問顔をした。


「おいおい、学校でなんかあったのか? あっ、生活指導の山田にエロ本見つかったとか? とにかく元気出せよ」


ムラタもエリカの言葉に便乗して元気付けようと、原付に乗ったまま俺の肩を叩く。

本当に元気のない俺は、そのまま顔を俯かせてしまったが、その拍子にあることに気が付いてしまった。


「おっ、おい! ムラタ、これって血だろ?」


俺が指差したのは、原付のフロント部分の塗装の禿げた個所だった。

そこには赤く血のような色が滲んでいた。

しかし、そんな指摘をされてもムラタは焦った様子はない。

エリカも堪えるようにクスクスと含み笑いをしている。


「あっ、ビビった? バーカ、それはネコの血だよ」

「……ネコ?」

「あぁ、急に飛び出してきやがってよー、危うくコケるとこだったぜ」

「……そのネコ、埋葬とかは?」

「は? 内臓まで飛び出てたんだぞ? んな面倒なことするかよ。信号も守れないクソネコは道路に放置よ」


俺とリョータは顔を見合わせた、互いの血の気が引いていくのがわかる。

俺は必死の形相でムラタに詰め寄った。


「おい! 今の話俺たち以外には絶対にするなよ! あと、帰ったらすぐにその血落としとけ! すぐだぞ!」


ムラタは俺のあまりもの形相に驚いたのか、珍しく「おっ、おう」と素直に返事をした。

そこで俺たちは別れた。

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