エピローグ

「アタクシ、このような野蛮な風習には疎いのですが、これは決着、ではありませんこと?」


 真っ白な空間にリンドウのような声が響く。


 ただ静かに、それでも美しく、勝利を確信した声だった。


 声の主、パレイドリアはこの空間に置かれたただ一つの椅子に腰を下ろし、長い足を組みなおしながらその『邪眼』をもって、余裕の視線を向けていた。


「まさか、世迷言を」


 向けられた天使は即座に否定するも、その声も表情も、追い詰められたものの、敗北を悟ったもののものだった。


 天使、皺一つなかった白のスーツは今やクシャクシャで、七三分けだった金髪も長らく風呂にも入っていないのかぼさぼさで、頭上に浮かぶ光輪さえもくすんでみる。最初こそきちんとしていた青年の姿だったが、敗北が重なり、用意した刺客たちが打ち倒されるたびに追い詰められ、身だしなみに気を遣う余裕さえも失われていた。


 思えば彼もまた、女神の命に従っているだけの身分、アタクシとの間に挟まれ苦しい立場にあるとは理解しているパレイドリアだったが、だからと言って数々の無礼、許せるほどお優しくはなかった。


「そうおっしゃいますなら、ぜひ、すぐにでも、次の対戦相手をご用意くださいませ。アタクシはこの通り準備万端ですわ」


 あえていつもと変わらぬスマイル、優し気な声、しかしてその次がないことは邪眼を通して見切っていた。


「待っていろ。次の刺客は絶対のお前を殺す。だがそれには準備が」


「まさか、ベンゾー、ではございませんわよね? あの、最初に戦った少女の方のペット、愛鮫でよろしいのかしら? その彼女と共にかかってきてあの通りですのに、まさか海中に放り込むおつもりで?」


 先が見えていたパレイドリアの言葉に、天使は言葉なく口を閉じた。


 続いて見せる眼差し、凡眼でも見てとれる覚悟、己が戦うしかないと追い詰められたものの表情だった。


「……安心しろ。次の刺客は鮫じゃない。もっと高等な、もっと強力な存在だ。それも」


 言葉が終わる前、パレイドリアは慈愛と侮辱をこめて、邪眼よりビームを発した。


 極限まで細く絞り、その分移植を上げた一閃は、天使の頭髪をいくらか焼き切りながら光輪の中をギリギリ掠めて抜けて、白い空間の果てまで飛んで行った。


 これに、天使は反応できなかった。


「お分かりかしら? これまでの戦いは今のが飛び交う世界、あなた様も参加なさるおつもりで?」


「……もちろんだ」


 はらりと落ちた髪を振り払い、顔色青くしながらも、天使は決して否定の言葉を口にしなかった。


「そう。自信がおありなのですね」


 言葉に込めたのは、侮辱と悲哀だった。


 凡眼でも見てとれる実力の差、それを見てなお戦いを望む愚かさ、そしてそれを自覚していながらも逃れられない哀れな存在、愚かで、哀れに見えた。


「わかりましたわ。では、始まりはいつになりますの」


「それはすぐにでも……ちょっとまて」


 不意に違う方へ意識を持ってかれた天使、その頭に繋がる何か、凡眼にはどう説明したらいいかわからないが、明らかにつながって、そして何かを伝えている様子だった。


 その内容、返事に無意識に動く唇、想像するに大事件、だけれども天使にとっては好都合だったらしい。


「……命拾いしたな。お前の相手は後回しだ」


 それだけ言い残し、説明ないまま、命拾いした天使はパレイドリアを残してこの世界から転送されていった。


 そうして一人、残された真っ白な世界、だけどもパレイドリアには邪眼があった。


 沸き上がる好奇心、求めるのは真実のみ、だから無粋な想像は入らない。


 視力全開にして次元の壁をスケスケに、何が起こっているのか野次馬する。


「……これは」


 断片的な情報、意味不明な情景、新たな登場人物、そして予兆される争いごと……そこから先は想像が置ぎ合った。


「女神と、女神の争い? 戦争ですの?」


 白い空間、独り言響いて、残されたパレイドリアはこれから先を見据えて静かに微笑んだ。

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『自主企画用設定』邪眼令嬢👁パレイドリア 負け犬アベンジャー @myoumu

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