vs イボット4

 邪眼は、この世のあらゆる眼球の頂点に立つ。


 故に、その眼に見落としはあり得ない。


 見落としたなら、それ使い手、見ているもの、即ちパレイドリアの落ち度である。


 ……この戦いに参加してから幾度となく思い返される自責の思い。


 糸、見えていたのに、斬撃しかないと視野を勝手に狭めていた。


 それがこの緊縛、いくら見返しても歯がゆい結果しか残っていない。


 それでもともがくが、変に折りたたまれた両腕に邪魔なニセチチ、それらを一周巻き付け縛り上げる糸は硬く、強い。


 辛うじて邪眼の外皮で切断は免れているが、逆にそちらに力を使いすぎて解けないのが現状だった。


 対抗策、打開策、次の一手、探すパレイドリアの前へ、イボットは非情にも歩み寄る。


「うーん。なんとなかったかな」


 落ち着きを取り戻し、最初のころのような口調に戻りながら、その手のショートソードを弄ぶ。


「いや、ほら、僕って、傭兵じゃない? それも神出鬼没で通ってるわけ。でもさ、そのための色々、ぜーんぶ見切られちゃっててさ、切り札の水晶糸までばっちりでさー。ちょっとばかしナイーブになってたんだぁ。ほら、俺っちってデリケートじゃない?」


 ピタリ、ショートソードを握り直して右手に、そして切っ先がパレイドリアの邪眼に向けられる。


「それで一応、最後に質問、いいかな?」


「……何でございましょう」


「パンツ、何色の履いてるの?」


「青ですわ」


 即答。


 邪眼を持たない凡眼たちのみじめな疑問、それらを可能な限り応えて教えてあげるのも上に立つ者の役割と、邪眼令嬢としての気質が瞬きの間もない即答をさせていた。


 これに、驚かせるつもりだったらしいイボットが驚いた。


 それもあってか、その左手の動きが一瞬ブレた。


 それでも爆ぜる糸、バスターソードに巻き付いたまま残ったたるみが鞭打って、草を薙ぎながらその先のパレイドリア足首に迫る。


 当然これも見えていた邪眼、しかしそれを斬撃と捉え続けたのはパレイドリア、足払いだったと気が付いたのは跳んだあとだった。


 ぐいー、引っ張られ、体の芯が真横に左を頭に右を足に、捻じられる。


 そうさせてるのは体を縛る糸、そこに込められた捻じりの力だった。


 空中に浮いたとはいえ人一人の体を動かせるだけの力、糸に伝達させる技量、力量、驚愕するより先に邪眼は迫るショートソードの切っ先を見ていた。


 イボット、腰だめの構え、全体重をかけた突き刺し、狙うは空中にて逃げ場のないパレイドリアの腹部、ただ一撃に全体重を乗せた体当たりだった。


 これは、どうしましょう?


 宙に浮いてて回避は無理、防御もザンギャンバリザでは防ぎきれそうにない。


 冷静に考え、脳内が見せたがる走馬燈を無視し、パレイドリアは邪眼にて答えを探し、そして見つけた。


 苦笑、冷や汗、噛みしめる奥歯、パレイドリアは、見るまでもない激痛に覚悟を決めた。


 ◇


「……いかれてやがる」


 驚愕の声、冷や汗たらり、剣身中ほどでへし折れたショートソードをイボットの凡眼が転がるパレイドリアを見つめる。


 雨に濡れた髪、白い肌、少なく内出血に、見上げる左目は鋭く、その右目には虚が空いていた。


 ……あの瞬間、まず最初にパレイドリアが行ったのはニセチチの解除だった。


 本物に似せた本物以上の豊満なサイズ、一気にしぼんで糸がたるみ、両腕がすぽりと抜くことができた。


 そして真上に引き抜いた右手、折り曲げその指が掴んだのは、邪眼だった。


 人差し指、中指、親指、三本の指がパレイドリアの顔に走る三つの傷に沿ってめりこませ、一気に抉り出した。


 相応の出血、相応の激痛、それらを踏み越えて手中に収まった邪眼を握り、迫るショートソードの切っ先合わせて腹部に重ねた。


 そして激突、邪眼にショートソードが突き立てられた。


 結果が、へし折れた刃、そこらに落ちてたとはいえ明確な金属製、加えて体重載せた体当たりにぶち当てられてなお傷一つない邪眼は、それでもパレイドリアの手より弾かれ、イボットの足元に転がっていた。


「どんな神経、いや眼球してんだよ」


 驚愕から引きつった笑みを浮かべるイボット、好奇心と実用性含めて、邪眼を拾おうと重心を移す。


 その瞬間、黒色の球体になかったはずの黄金の瞳、ぎょろりと動いて見つめかえされ、イボットは邪眼と目が合った。


 驚愕、狼狽、そして恐怖、この目は取り外されてなお動き、そして間違いなく視野を有しているその異形の目玉は、イボットの狂気をさらに上回る異形だった。


「お触れないでくださいませ」


 遅れて止めるパレイドリア、ぼたりぼたりと滴り落ちる鮮血に、痛々しい虚の右目はそれでも変わらず見えていた。


 リゲスヂバサ、他人に邪眼を足与える力、その応用、正確には元来の力、邪眼は視神経を介さず、脳内にダイレクトに映像を流し込んでいた。


 なのでこうして抉り出されていても、遠隔視野どころか抉られた眼窩にまだ目があるかのような映像を、リアルタイムで見続けることができた。


 変わったのは、他の力の発現場所と、眼球をえぐり取られた激痛ぐらいだった。


 正に、目の裏を抉るような、脳の奥へ響くような、形容したくない激痛の中、パレイドリアはするりと緩んだ糸を抜け、すくりと立ち、左手は拳を握り、右手はそっと眼窩を押さえた。


 残る左目に戦いの意志を見てとったイボットは折れたショートソードを握り直し、最早狂気なのか正常なのかもわからない笑みを浮かべる。


 両者、間合い、数歩で届く距離、次の一撃で終わる距離、これが最後とイボットは内で叫んだ。


 そして同時、アイコンタクトもなく合わせて両者動いた。


 イボット、糸、足元薙ぐ。


 これをパレイドリア、跳ねて躱す。その目に見逃しはもはやない。


 着地、同時に駆けだし、右手を眼窩より剥がして血まみれの顔、食いしばり、両手の拳を構えて飛び掛かる。


 しかしイボット、その姿になお驚かされる。


 素人、ここまで戦いながら見せた素手の構えは、サーベルよりも酷く、アンバランス、寮のどちらで殴ろうともまともに届かない。


 それで笑うイボットは、しかしてすぐに引き締めた。


 見たのは残る左目、それが不意に落ちた足元、邪眼に向けられ最悪を予測した。


 即ち、最初のビーム、遠隔で動かせるならば遠隔で飛ばせると考えられうる。


 失念、この距離、回避、考えが迷いになり切る前に、勝敗は決まった。


 決まり手は、蹴り。


 パレイドリア、輪切りになって短くなったスカートを足に絡めながらのハイキック、足元によそ見してたイボッとのこめかみにクリーンヒットした。


 ……イボットの再生能力は完全ではない。


 手足が千切れたぐらいなら再生できるも、脳や心臓への致命傷、一撃即死は再生の前に死ぬ。


 そうでなくても脳を揺らす強烈な一撃、脳震盪、そこからの気絶には、死ななくても意識を保てるものではなかった。


 ◇


 天気雨、並ぶ武器に転がる岩、間をひたすら歩き続けるパレイドリアはうんざりしていた。


 決着は、決着だった。


 ハイキック、めり込んでのノックアウト、この一撃は幾人もの人間に足を舐めさせてきた帰結であって、威力になんの不思議もなかった。


 けれども、その道中、パレイドリアは気に入らなかった。


 そもそもこの相性、絶対の視力を有する邪眼令嬢に対して、フェイント、奇襲、そして視認しにくいらしい水晶糸、その技術のほとんどが無意味だった。


 その上で環境、武器はどちらも使っていたもののこの天気雨、凡眼ならば光の反射で目が眩むところも、結局は体を冷やし、糸を鈍らせただけで、パレイドリアに有利に働いていた。


 それでの勝利、パレイドリアはそれが勝利に見えなかった。


 ただでさえ戦う相手や場所は第三者の、あの無礼な天使や女神が決めているのにも関わらず、それに乗っかり、勝利して喜ぶなど、掌の上で踊らされてるにすぎない。


 何よりも許せないのはパレイドリア自身だった。


 あの最後、あのハイキックの瞬間、左目を動かくつもりはなかった。


 ただ右目に溢れた鮮血が左目に入り、それを何とかしようと無意識にとった行動であって、あのような、足元の邪眼へ意識を向けさせる姑息な手のための動作ではなかった。


 総合して、気に入らなかった。


 その上で気絶したイボット、無抵抗、その命を奪うなど、邪眼令嬢が許せるものではない。


 ……結果、こうしてパレイドリアは、寝ているイボットの体をこうして場外まで運んでいるのだった。


 それも先に場外に出るよう、お姫様抱っこで、濡れた体に湿った草原と歩きにくい中、延々と運び続けるのは、令嬢の仕事には見えなかった。


 ズキリ、まだ痛む眼下に顔をしかめながらイボットの抱き直す。


 目覚める様子がないのは邪眼でなくても見てとれた。


 投げ捨てたい衝動を高潔なる誉をもって押しつぶし、一息入れてふいに空を見上げた。


 虹。


 天気雨の雨がプリズムとなって太陽光を分解、様々な色にを映し出している。


 これを見る凡眼は、綺麗だ素敵だと騒ぐも、邪眼令嬢には何の感動もなかった。


 邪眼が見る世界では、あの程度の光の分解はそこらで起こっていた。それがただ凡眼に見える形で現れただけ、珍しくもなければ感動も起こらない。


 だから皆様と一緒に楽しめないパレイドリアは、虹を見る度にただ孤独を感じるだけだった。


 この世界、嫌いですわ。


 心の中で愚痴ったパレイドリアを嘲るように、雨粒一つが邪眼に落ちて、涙のように零れ落ちた。


 それさえも、パレイドリアは気に入らなかった。




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