願い
ハッとして、目覚める。ハイネの姿が見当たらない。
図書館の中にも、里の中にも、どこにもいない。ハイネがいなくなってしまった。体中の血液が一気に無くなるような気分だ。思わず口を押さえながら、杖をふるって、探知魔法を使うと、それほど離れていない場所にいることがわかった。その近くには、行政の連中もいるようだ。まさか、自分から廃棄されに行ったのか?
私を置いて?
「ハイネと一緒にいたい」
願いを唱える。この行為に意味なんてないけれど、言わなきゃ後悔するような気がして。唱えなきゃ、たったひとつの願いすら、望みすら、叶わないような気がして。そんなのは絶対にいやだし、諦めたくない。
私は、ハイネのところまで走った。
□□□
「探せ!近くにいるぞ!」
なんていう行政の連中の声がするもんだから、ハイネを自分の胸元へと引っ張り込んで、杖をふるう。きらきらと私たちに小さな星たちが散らばってく。これで私たちは遮蔽されて、人からは声も存在も感知されなくなった。ただこれも残りの魔力量的に、長くはもたない。早くここから逃げないと。
『サラ、どうして……』
「ハイネと一緒にいたいって言ったでしょ」
『わたしといたらサラまで……なんでなんで』
ぼろぼろと青い瞳から涙をこぼす。子どものように泣きじゃくる。サラの固い手をぎゅっと握って、顔をぐいっと近づけて言う。
「私にはハイネが必要だ。廃棄なんて魔法使いである私が認めない」
出会ったときのように、ハイネはパチパチと瞬きを繰り返す。
「絶対に諦めない。私はハイネと一緒にいる」
魔力も、体力も、何もかも結構限界だけれど、それでも最後まできみと一緒に。
私たちは走り続けた。行政の連中を撒くようにして、魔力を、命を削りながら。走り続けた。
長くはもたなかった。行政の連中は、しつこく追ってくる。やつらからすれば、たかが一体のはずなのに、どれだけコストを割いているのかわからない。そこまで固執する理由はあるのだろうか?
日も落ちて、夜がやってくる。ああ、そろそろ魔力が尽きてしまう。
『サラ、サラ、サラ。もういいですよ、もうこれ以上は』
「いや」
『でも』
言葉を出している唇をふさぐ。
思ったよりも、固くなく、やわらかい。手は固かったから、てっきりこっちも固い物だと思っていた。最後にしてはいい経験かもね。できたら、最後にはしたくないけど。
静かだな、と思ってハイネの唇から自分の口を離すと、顔を真っ赤にしてみぞおち辺りを的確に殴られた。ある程度、手加減はしているのだろうけど、思ったよりも重いパンチが響いて痛い。
『…………サラ』
「ごめんて」
青い瞳は不安にゆらいでいたのに、今は動揺の色を濃くしている。多少は、私の思いも伝わったかもしれない。
杖をふるう。きらきらと星が散らばる。
「ハイネ、歌ってよ」
ふるふると、ハイネは首を横に振る。歌えば、近くまで来ている行政の連中に気づかれるからだろう。私の魔力も、もう遮蔽することができないくらいしか残っていない。みそっかすだ。
「ねえ、歌って」
ハイネは、青い瞳からぼろぼろと涙を流す。長い沈黙をおいて、深くうなずく。ぽたぽたと地面にシミを作っていく。
息を大きく吸って、ハイネは歌った。
その声は、どこまでも届いていくかのようだった。
「ハイネとずっと一緒にいたいよ」
なけなしの魔力をすべて杖にこめて、ふるった。きらきらと星が私たちに降り注ぐ――――。
魔法使いは願いを唱える 武田修一 @syu00123
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