欠陥品たち
『おはようございます、サラ』
「おはよう」
廃棄される予定だったはずの
「あ、また来た」
庭に入り込んでいるのは、ハイネ曰く行政のものらしい。杖をひとふりすると、杖の周りにきらきらと星が散る。次の瞬間には、庭に入り込んだ不届き者はいなくなってしまった。転移魔法の応用で、複数人を適当な場所へと転送したのだ。騒がしさは一気に消えた。
だいぶしつこい奴らのせいで、魔力が普段よりも格段に残っていない。魔力がなければ、魔法使いじゃなくなるというのに。そろそろ、対策を考えた方がいいかもしれない。こんな時に同族がいればいいのになあ。
杖をひとふりして、探知魔法をかけてみる。何の引っかかりもないままに、ただ無駄に魔力だけを消費してしまった。
百年間、ずっとひとりだった。ハイネだけがいれば、他にはもう何もいらないというのに。どこか邪魔の入らないところで、二人きり静かに暮らせないものか――――。
『サラ、まだ諦めないのですか?』
「やだ」
『魔力もつきてきているのでしょう?』
青い瞳が不安にゆらぐ。きみはそういうところばっかり、人間らしくって。憎くて、愛しいよ。
ハイネの固い手が私の手を掴む。その手を振り払うことはせずに、黙ってうなずく。そうすると、青い瞳はさらに不安げな視線をよこしてみせる。ハイネの言いたいことはわかっていた。この一ヶ月、考えてきていたことでもある。
現状、私だけでは無理だ。たかだか百年の、しかも私独自の、知識なんかで窮地を脱することは難しい。でも、先人たちの魔法使いの本ならば。
ただ残りの魔力量から考えると、もはやその道を選んだら引き返せない。でも、このままでもやがては、ハイネを失うことになる。私だって、無事ではすまないかも。
ハイネを失いたくない。だから、私は決断することにした。この洋館を置いて、ハイネを連れて、魔法使いの里へ向かうことにする。もう、行くことは無いと思っていたのだけれど。最低限の荷物だけまとめて、向かう。
□□□
魔法使いの里まではそんなに物理的距離はない。少し歩いただけでついてしまう。近くても、見たくはなかったし、昔を思い出すのがなによりもいやだった。
里にひとつだけしかない図書館へと入る。そこにはずらりと本が並ぶ。ひとつ、ひとつ、手に取ってはページをめくる。願いを叶えてくれる方法が書いてある本があるまで、見つかるまで本を手に取り、ページをめくり続けた。
気づけば、ろうそくに灯がともるくらいの時間になっていた。ゆらゆらとゆらめくろうそくの灯では、本が読みづらい。明るい場所ですら、読みにくいのが魔法使いの蔵書というものだ。目を閉じて、本も閉じてしまう。
『サラ。歌を、歌ってもよろしいでしょうか?』
「うん、歌ってよ」
新緑を思わせるような澄んだ歌声が響く。
ハイネの廃棄の決め手となったのは、持ち主の死だけではない。致命的な欠陥にあった。一日に一回は歌を歌わなくてはならないことだ。歌わなくては、ハイネは壊れてしまう。同シリーズの他の個体において、そのような現象は起きていなくて、ハイネだけが異質であり、欠陥であったとハイネは語った。そして、ここまでの感情も、持ち合わせてはいけなかったと。感情表現が人よりのハイネは、やはり
前の持ち主はそれらを隠し続けた。ハイネを異質として認めず、他の
でも、やっぱり人間というのは脆く崩れやすいので。病に蝕まれて、あっという間に、苦しむ間もなく、息を引き取ったという。持ち主が死んでしまえば、隠し続けたことは露呈する。廃棄が決まるまでそう時間はかからなかった。だから、すぐに廃棄されるはずだった。予定を狂わせたのは、私だ。
だけれど、今世だと、
ああ、早く策を練らないと。このままじゃ、だめだと思いながらも、瞼はゆっくりと落ちていく。ハイネは微笑みながら、私の頭を撫でた。
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