☆第21話 レイヤの下を訪れた男
新しい国王は、先王以上によく働いた。即位当日のルクス教徒撲滅の法をはじめ、混沌の社会を正そうと様々な改革を行った。それはすぐに結果として現れた。翌週の日曜日、市に買い物に出ると、食材が軒並み安くなっていた。
「税金がかからなくなったんだ」
店主は嬉しそうにそう言った。
「来年分の種が手に入らないかと思っていた。助かったよ。同じユス教徒でも、前の国王と新しい国王とは全然違うな」
特に今年は、雨が降らないせいで農作物は不作だった。レイヤがユス教徒から稼いだ金を含めてようやく何とか食べていけるだけの物価だったのだ。レイヤは胸を弾ませて、いつもより多くものを買った。
それから、町をうろつく無宿人や、物乞いの孤児が減った。どこに消えたのかと思ったら、道の角に警吏の服装をして立っていた。
「急に仕事をやるって言ったんだよ」
話を聞いてみると、無宿人だった彼はそのようなことを口にした。
「きちんとこなせば、飯もくれるっていうし」
その他の者は、工場に雇われたり、地方の農家へと派遣されたりしたらしい。秩序を乱すルクス教徒と無宿人を、どちらも合理的に一掃と、そういうことか。
その誘いはレイヤとミナの下にも来た。レイヤはもう工場に勤めているし、ミナは体が弱くて働けないことを話すと、役人はすごすごと引き返した。元浮浪者のそいつは、初仕事に張り切りすぎていたのだろう。
「よくこんな奴を雇ったな」レイヤは内心思った。「昨日まで人を襲ってその日を暮らしていた奴らに、町の治安維持を任せるだなんて」
だがレイヤは考え過ぎていたのかもしれない。いや反対に、考えなさ過ぎだったのかもしれない。レイヤの不安とは裏腹に、町は次第に落ち着いていった。若干十七歳の国王を見くびっていたレイヤは、その考えを改めるしかなかった。
一か月後、約束通り、警吏たちは孤児街を巡回した。そこで改めて連れて行かれる者もあった。ミナには一か月間ずっと教え込んだかいもあって、次はつっかえることなく言い切ることができた。警吏が去るのを確認すると、ミナは泣きそうな表情で俯く。
「悪くないだろ」
なだめすかそうとすると、ミナは堪えていた涙を零した。
「ルクスさまを裏切っているような気がするの」
「これからはテントの中でもその名前を口にするな。すぐに警吏が飛んでくるぞ」
ミナは目を見開いて頷いた。それからルクスの名を呼ぶ様子は見られなかったが、レイヤが働きに出ているときのことは確認できない。今までのこともあったし、素直に頷いたミナのことをレイヤははなから信用していなかった。
丁度そのくらいの時期、冬も終わりかけでもうすぐ春の来る頃だった。勤めを終えたレイヤがテントに帰ると、中に見知らぬ男が座り込んでいた。ミナが奥の方で震えながら縮こまっている様子が男の肩越しに見える。ミナは兄が帰って来たのを見つけると、泣きそうな様子で飛びついてきた。
男はレイヤの姿を見て腰を上げようとしたが、ミナを背に庇ったレイヤは問答無用で男に殴りかかった。男は半ば抱きとめるようにしてレイヤの攻撃を止めた。その後何度も拳を繰り出したが、全て防がれた。レイヤは体勢を元に戻して男を睨んだ。できるだけ低い声を放つ。
「出て行け。ミナに何をした」
ミナが細かく震える様子が、背中越しに伝わってくる。後ろ手で妹の体に触れてやると、ミナは兄の手をぎゅっと握り、彼の背にしがみつくようにした。
「待てよ、誤解だ。その子には何もしていない」
男は上品な藍色のジャケットに金色のボタンを光らせ、派手なフリルのついたシャツを胸元から覗かせていた。底の分厚いブーツの中に黒いズボンの裾をしまい込み、頭には鳥の羽根のついた帽子を目深に被っていた。
数年前から何度も見てきた人間、貴族である。年齢は若く、二十代の後半といったところ。鼻筋がすっと通った端正な顔立ちをしており、帽子のつばから伺うようにレイヤを見た瞳がきらりと光った。
「君を待っていた、孤児のレイヤ。話がある」
「おれにはない。さっさと出て行ってくれ」
貴族が孤児のテントへ。ありえない。彼らは綺麗に整備された大通りを悠々闊歩するのみで、貧民街からは鼻をつまんで目を背ける生き物だ。
「君にとっても悪い話じゃないと思う」
「出て行け!」
語気荒く叫んでテントの外を指さす。男はレイヤの視線を追ったが、その場を動こうとはせずに肩を竦めただけだった。
「君の母親にまつわる話を知っている」
「……何て言った?」
男は帽子を脱いで、レイヤのことを見つめる。威嚇しているわけでも、挑発しているわけでもない。穏やかでどことなく余裕が感じられる瞳である。その真っ直ぐな視線は、まるでレイヤの奥にあるものを見透かそうとしているかのようだった。
「君のお母さんと宗教戦争についての関わりを知っている、レイヤ」
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