⌘第7話 ユス教に改宗するか 死ぬか

 銃口が下を向いているのはほんの少しの間のことだった。

 フィランは感傷を取り除こうとするかのように、こめかみに手を当てながら首を左右に数回振った。ミックの方に視線と銃口を振り戻した時には、先ほどまでと同じ、乱暴で残虐なユス教を信じる男の目に戻っていた。


 フィランではない方、さっきミックの腕を撃った方の男が、銃をこれ見よがしにちらつかせながらミックのところに歩み寄ってきた。


「邪教徒のくせに何で兄貴の名前を知っているんだ、え?」


 フィランと過ごした時間は長くはないが、それほど短くもない。

 その付き合いの中で、彼は自分のことをユス教徒と言わなかったか?

 それとも、彼はそう言ったけれども幼かった自分は気に留めなかったのか?


「よせ、スピネル。いいからそこをどけ」


 スピネルと呼ばれた男は従順にそこをどき、代わりにフィランがミックの前にしゃがみこんだ。旧友が苦しんでいることなど屁とも思っていないような顔で、ミックの顎の下に銃を押し当て、顔を起こさせた。


「話し合いをしに来たが、気が変わった」


 快活で気さくだったフィラン。面影は幼い頃のままなのに、大人になったその声色は冷たく、ぴりっと乾いていた。ミックの名前を呼ぶこともなかった。


「ここで選べ。生きるか死ぬか」


 左腕のちぎれそうな痛み。


 生きるか死ぬか。……死ぬ、だって?


 ミックの体がぶるぶると震えた。

 さっき彼らを卑怯だとなじったときの熱量は、撃たれた左腕の感覚と共にどこかへ行ってしまっていた。

 恐れるな、怯むな、負けるな……そう自分を叱りつけるミックの額から銃へ、冷や汗がつうと伝った。


「ユス教に改宗すると、一言そう言えば、命は助けてやる。そこの神依士も」


 ミックは目をつぶった。フィランの敵意のこもった碧い瞳に射抜かれると、自分の心が揺らいでしまいそうだったから。

 そんな風に敵に恐れをなしている自分に気づいたとき、ミックは目の前が真っ暗になる思いだった。

 この場を逃げ出したい気持ちが心の中で暴れ回ったが、自分の体を押さえつけ押さえつけ、やっとのことで顔を上げた。


「ルクスさまに背く気はない。すぐに帰ってくれ」


 気丈にふるまえたようにはさっぱり思えなかった。声は自分にも、相手にも、小刻みに震えて聞こえただろう。


 彼を睨むフィランの瞳に炎がともった。口元を引き結び、銃口をミックから離したかと思うと、いきなり腕を振り下ろした。硬い銃で頭頂を強く殴られた彼の視界はぐわあんと揺れ、撃たれた左肩の痛みと相まって、ミックは倒れそうになった。


 かろうじて踏ん張った彼の鼓膜を、かつては友人だった者の声が叩く。


「もう一度だけ聞く」


 生きるか死ぬか。


 目の前の男は、何の権利をもって、ミックにそんな選択を迫り得るのだろう。


 どうしてそんなに簡単に、人の命を奪えるのだろう。


 愛せ、そして理解しろ。理解しろ、理解しろ……。

 ミックの脳裏にルクスさまの教えが何度も何度も浮かんできたが、心の中から返ってくるのは神の返事などではなく、「何を理解しろというのだ」という、半ば諦めにも似た彼自身の慟哭だった。


 フィランは何も答えようとしないミックに痺れを切らしたようだった。

 事前に予告することなく、引き金を引いた。

 父が駆け寄ってくるのが目の端に映った。




 轟音が鳴り、それとともに、ミックの意識は途切れた。

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