⌘第5話 ユス教徒の襲撃

「ルクスの邪教徒に告ぐ! 全員出て来い!」


 空気を震わせるその声と同時に、発砲音が重なった。

 身動きもとれずに固まったミックの肩を掴み、父が彼を伏せさせた。

 発砲音は合計三発。頭上を轟音が通り過ぎていくのを感じ、心臓がきゅうっと縮こまる。


 ユス教徒だ。ミックの背に怖気が走った。


「全員出て来いと言ったんだ」


 硝煙が晴れてから、ユス教徒はミックと父を見つけ、呆れたように言った。たった二人か、とでも思ったのかもしれない。

 ミックの目は、ユス教徒の手元にある黒い物体に吸い寄せられた。先が筒状になっていて、その穴から白い煙がゆらりと立ち上がっている。


「聞いているのか。全員、出て来い」


「私たちだけです」


「隠すと容赦しないぞ」


 ユス教徒は五人連れだった。

 皆若かったが、中でもリーダーと思われる銀髪の青年が父に黒い筒の先を向けた。

 その慣れた動作を見て、ミックは理解した。

 あれが、銃だ。ルクス教徒の命をたくさん奪ってきた武器が、これだ。

 リーダーが銃の先を父の額に押し当てるようにしたのを見て、ミックはごくりと唾を飲み込んだ。


「中を見て来い」


 三人が従って奥へと駆けて行った。

 残った一人が、リーダーがしているのと同じように、ミックの頭に銃で狙いをつける。「武器を持て。戦えるだけの備えを。命を守るために!」そう言ってくれた信者たちの言葉。「実際に血を流しているのは私たちではないんだよ」そう言った父の言葉。


 ミックはそれらの言葉の意味を、今まで全く分かっていなかったことを悟った。



「今日は日曜日のはずですが」


 父が言った。リーダーは悪びれもせず答える。


「分かっている」


「日曜は休戦のはずです」


「ああ、確かに日曜日の対話はユス教では禁じられている。お前たちが平日に対話の舞台に出てくればこんなことをするつもりはなかった。俺たちは話し合いをするためにやってきたんだ」


 話し合いだって?


 銃を突き付けているくせに、話し合いだって?


「……卑怯だぞ」


 無意識のうちにそんな言葉が零れ落ちた。

 ユス教徒二人と、父の視線が自分に注がれるのを感じる。



「卑怯だぞ! 暴力を手に人を脅したって……」


 無意識のうちにそんな言葉が零れ落ち、ミックはそれが自分の口から出てきたことに驚いた。

 ミナの兄に対しては怯んで何もできなかった自分が、ユス教徒という卑劣な連中には立ち向かうことができている。ユス教徒二人と、父の視線が自分に注がれるのを感じる。体が熱くなってくる。


「やめるんだ」そう言ったのはユス教徒ではなく、父だった。

 ミックは父の視線の中に、信頼ではなく哀願の情が込められているのを感じて、言葉を失った。

 どうして、お父さん。


 バン! 轟音が鳴り響いた。


 途端、ミックの左肩に痛みが跳ねた。表情が歪み、嗚咽が漏れる。痛みに耐えようとして零れた悲鳴は声にならなかった。自分の舌が焼け付いたか、凍り付いたかしてしまったかのように。


 父がうずくまった息子に覆い被さった。

「大丈夫か、大丈夫か」

 ミックは額に脂汗を浮かべながら、必死に、歯を食いしばって、父の呼びかけに答えようとする。

 あたかも左腕を燃え盛る炎の中に突っ込んだかのような激しい痛みが、腕を通り越し頭の奥の奥まで響いて、脳の真ん中から、体の中心から爆発してしまいそうだった。


 ユス教徒が互いに何かを囁いた。だが、ミックにはなんと言っているのか分からなかった。父が、傷を負い倒れた息子の前に立ち塞がって、邪教徒たちにこう言った。


「命を取りたいのならそうしなさい。私の覚悟はできています。ですが……」


 ミックは自分の目を疑った。

 父が、ミックの敬愛する神依士の父が、あろうことかユス教徒たちの前で、額を床にこすりつけるほど深く、頭を下げている。

 ユス教徒たち。

 銃を持ち、人を脅し、その命を奪う野蛮な輩。

 ルクスさまの教えも加護も拒否する愚かな奴ら。

 愛と慈しみを知らず、乱暴と抑圧で人を蹂躙しようとするそのやり方に、父が……。


 どうして?

 あれほど固くルクス教神依士としての生き方を貫こうとしている父が、どうして?


 その答えをミックは頭の片隅で分かっていながら、それでも、目の前の父の屈服を否定したかった。


「だ、だめ……」


 絞り出そうとしたミックの声は、続く父の言葉にかき消された。


「撃つのなら私を撃ちなさい。でも息子は……ミックだけは、どうか助けてください」


 ルクス教神依士としての立場。


 意地。


 人の情け。


 信心と誇り。


 どれもこれもがないまぜになったミックの鼓膜を叩いたのは、銃を構えたユス教リーダーの言葉だった。


「ミック……だと?」


 ミックは涙で滲む目を根性で押し開いて、リーダーの顔を穴の開くほど見つめた。

 銀髪で、碧眼。

 十五のミックより少し上、ちょうど成人したかしないかくらいの年齢の男。

 その整った顔立ちを、その印象を、幼い記憶に呼びかける。ミックの頭の中に、一つの名前が浮かんでくる。


「まさか……フィラン?」


 フィランの碧い目が揺れた。銃口が少し下を向いた。

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