泡沫の夢
ヒイラギ
第1話
午後11時、電話が鳴る。
活動開始の合図。暗闇の朝が訪れる。
ガチャンと玄関が開く音がした。
人を家に招いた覚えはない。だが大方、予想はついた。こんな小さなアパートに泥棒に入るバカはいないだろうし、比較的温厚に日々過ごしているはずだから誰かに恨まれるなんてことはないはずだ。
そう考えると…
「おはよう夏樹。よく眠れたかい?」
パチン、という音と共に蛍光灯がつけられた。視界が明るくなる。見慣れた背の高い、糸目の男が現れる。手には携帯電話、画面には発信中の三文字。やっぱりこいつか、と呆れた。最悪の寝起きだ。
「あのさあ、勝手に入ってこられると驚くんだけど。中川さん。あと、今日は依頼、なかったよね?用がないなら電話しないで、帰って。」
そう言って着信拒否のボタンを押す。
今日は久しぶりに依頼が入っていないから朝までぐっすり眠ろうと思っていたのに。
「いやあそれが、さっき急に客から電話が来て、今すぐ来てくれって言われたもんで」
「それにしても部屋に入る必要なくない?」
この男、中川弘は人のプライバシーにズカズカと踏み込んでくる、デリカシーのない人物だ。一体、このマンションにどうやって忍び込んだのか。聞いてもどうせはぐらかされるだろう。
このように悪態をついても笑顔を貼り付け、悪びれる様子もなくヘラヘラしている。
「ごめんねえ。たまにはサプライズしようかと思ってさあ。あ、見られたくないものでもあった??」
にやにやと笑うその顔を一髪、殴りたくなる。どうせかわされるのがオチだと思い、はあ、とため息をつき心を落ち着かせる。のそのそとベッドの上から起き上がり、眠い目を擦りながら服を着替える。
「で、今日はどんな依頼なの?」
中川さんはヘラヘラしているため、一見、仕事も出来なそうだが、そこら辺の下手な会社員よりかは真面目に仕事をこなす。
「ああ、今日の依頼は22歳、大学生の男性。場所は東京新宿区のマンション。ここからだとだいぶ距離があるから車で送る。症状としては三週間ほど前から悪夢を見続けている。そのほかは問題なし。大学の研究発表に影響が出るから早急に祓ってほしいそうだ。」
依頼の詳細を告げる。
「よくある低級の悪魔の悪戯かな。その様子ならそんなに強力では無さそうだし、早く終わらせて明け方には帰ってこよう。」
本当なら今頃は夢の中かあと思いつつも、てきぱきと準備を済ませる。
顔を冷水で洗い、歯を磨く。
寝る前に用意して置いた簡単な朝ご飯を胃袋に詰め込む。
いつもの黒いジャンパーを羽織り、仕事のスイッチを入れる。
お気に入りのランニングシューズに足を滑り込ませ、靴紐をきゅっと固めに結ぶ。さあ準備完了だ。
「よし、行こうか」
午前0時、今日も誰もいない夜の街に二つの影が繰り出した。
泡沫の夢 ヒイラギ @hi_ragi10
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