第2話 ただ、会おうかなって
伊余川駅はほんの五分程度の道のり。正直五分は言い過ぎっていうくらいには近い場所だった。現在午後十時前。俺は呼ばれた場所目前で赤信号に引っ掛かりその隙にメッセージを打った。
『 今どこ? 』
打ち終わるとすぐさま信号が青になったのでスマホを助手席に投げた。すると数秒でバイブ音が鳴った。メッセージを確認しようにも運転中のためそれはできない。結局、送信されたメッセージを確認する間もなく、目的の場所に到着した。駅のロータリーに入るとタクシーどころか車さえいなかった。駐輪場には放置自転車のドミノが完成していた。駅舎の前で停まり、サイドブレーキを引いて助手席で寝ているスマホを手に取り先ほどのメッセージを確認する。
『 駅の中の待合室にいるよ。着いたら教えて 』
すぐさまメッセージを返信しようしたら助手席側の窓から甲高い音が二回響いた。見上げるとそこにはあの頃の可愛さに大人っぽさが加わった女子がいた。パワーウインドウのスイッチを押し、助手席側の窓を開けた。
「ねぇ、乗ってもいい?」
その声だけは当時とあまり変わっていなかった。そんなに話した覚えのない俺でもわかるくらい変わっていない。変化したの外見だけのようだ。
「ああ………どうぞ。」
ぎこちない返答になるもそれに応じて秋元朱夏はドアを開け乗車。自分でウインドウを閉めて、シートベルトを装着した。空間を「ずとまよ」の曲が支配している。静かで穏やかな雰囲気の曲が俺の耳を独占している。
車を発進させようとサイドブレーキを下ろそうとした瞬間。
「ねぇ、ちょっと街の方に出ない?スタバ行きたいんだけど」
スタバ、懐かしい響きだった。意外と悪くないかも。
「ここから二十分くらいかかるけど、ええの?」
一瞬敬語で話そうか迷ったが、何となくいつもの口調が出てしまった。シフトノブをドライブに入れる。
「いいよ。それくらいかかるのは知ってる。」
返答内容を確認し、俺はアクセルペダルをゆっくりと踏んで車を発進させた。安全確認してロータリーから退場していく。やはりマフラー音のうるささが気になるが交換するお金の余力はない。いつの日か交換しよう、とだけ心に決めて公道に出た。
車内は数分ほど沈黙に包まれた。久しぶりなこともあり話しづらい上、俺たち自身あまり深い関係ではない。家も離れてるし、そもそも小学校の校区が違う。しかも学校内のカーストだって俺はずっと低い位置にいた。彼女とは違い、日に当たるような場所にいなかった。俺がなぜ今日、秋元に呼び出されスタバに行こうって言われたのか、全くの謎だった。
悶々と考えていると秋元がこの静寂を打ち破る一言を投入してきた。
「この曲いいよね。私もたまに聴いてる。」
「ずとまよ」はどうやら万人共通コンテンツらしい。ユーチューブの再生回数が凄いということは知っているがまさかこんなところで繋がるとは。しかも今流れているのはアルバムに収録されたマイナーな曲。ちゃんと聴いている証拠には十分すぎた。
「俺も最近教えてもらってさ。夜に合うからよく聴いてる。」
「ふーん。昔の曲しか知らない印象だったから………なんか意外ね。」
「俺もようやく流行に乗ることを覚え始めたみたいでね。」
「最近は他にも良いアーティストさんいるから、紹介しようか?」
「そうだな。今はずとまよで十分かな。また機会あったら尋ねるよ。」
国道に合流し、少し車両の数が増えた。道幅も広がり、対向車のヘッドライトが目をチカチカさせる。スピードも少し上がり、エンジン音が車内に少し響きだした。隣で窓の外を眺める彼女からなんだか映画のワンシーンを思わせる雰囲気が出ていた。曲と相まってその雰囲気がさらに増幅する。科学的な効果名がありそうな場面だった。
「あとどれくらいで着きそう?」
「………ああ、あと十分強くらいかな。あんまり道路混んでないし。」
秋元の声に対して反応が遅れた。眠気が俺を侵食しているのかもしれない。
「そうなんだ。意外と遠いようで近いね。高校時代は遠かった印象しかなかったし。」
「確かに。言われてみれば自転車だったし………そういや高校ってどこだったんだ?」
進学先も知らないなんて、と我ながら隣に座る女子に対する無知度を実感してしまった。同じクラスになったのは二年と三年の二回だけ、とはいえ受験期に同じクラスだったのに進学先を知らなかったのはちょっと無知すぎだったかもしれない。
「松岡東。意外と知られてると思ってたんだけど。」
「………すまん。あんまり人の進学先とか気にしてなかったから。」
「定期テストも学年上位層にずっといたし。一位だって取ったことあるよ。」
「スゲぇな。確かに進学校だもんな、東高って。」
「そういう青山君はどこ?」
「俺は松岡中央。そこの底辺で生きてた。」
「松中ね。確かあそこはサッカーの強豪だっけ?なんか全国行ってた気がしたんだけど。」
「よく知ってるな。ちなみに俺はそこでスタメン張ってたよ。」
「え⁉嘘でしょ?あそこのサッカー部って県内の強い人集めてたって。」
「俺も呼ばれたから行ったんだよ。じゃなきゃ、あんな最悪な高校行かない。」
中学時代、俺はサッカー部で二か三番目に上手かった。しかも意外と強かったから毎年県大会は決勝か準決勝に残ってた記憶がある。最後の大会で俺が決めたゴールでうちの中学は初全国を経験した。それで呼ばれてサッカーをしてたけど。
「まあ、もうサッカーはできないんだけどね。」
「そうよね。こんな陰キャがサッカー部で活躍してたわけがない。」
「急に辛辣だな。陰キャというとこは否定できないけど。」
「けど、できないってどういうこと?」
「ああ、それは………」
俺は高校二年時終盤の大会で足首を故障し、日常生活には支障ない程度まで回復するもサッカーの継続は無理と判断されてマネージャー行き。そのあとに部内でいじめられて退部。大学も行く気がなくなりこうしてフリーター、なんて言えない。
「………いじめられた、だよね?」
「………なんで知ってる。」
全く有名ではない話だし、こんなこと知ってるの当時の部の仲間と学校にいる一部の生徒と教師くらい。ハンドルを持つ手が僅かに震えた。
「友達が中央に行ってて、高校の時に話を聞いただけ。」
「 ……… 」
「気を悪くさせたらごめん。」
「てことはサッカーのことも知ってたのかよ。」
「中学の時サッカー部だったのは知ってるし、うちの中学強かったし。」
「じゃあ、さっきの驚きの表情とか声は………」
「もちろん演技。どう?最優秀女優賞欲しいくらいなんだけど。」
話していくうちにわかったことは一つ。なんかウザい奴、ということだ。中学の時の印象がなさすぎるのか、成長につれてこのような性格になったのかはわからない。陽キャがますます嫌いになっていくのはこういうところなのかもしれない。そう感じだしたのはこの最近だが。
話しているうちにスタバが目前へと迫っていた。明るく光る緑ベースのお馴染みの看板。外観、そしてガラスの向こうに映るインテリアもチェーン店とは思えないほどにおしゃれだ。俺には正直敷居の高い、入りにくい場所だ。
隣に座る秋元はシートにもたれかかり、リラックス状態。しかし、メイクによる美化と本人が醸し出す雰囲気によってドラマかと錯覚するほどに彼女は綺麗だった。ウザさがなければ百点満点。秋元は看板に目をやる。
「せっかくだし、ドライブスルーでいこうよ。私したことないし。」
そういえば、この店舗は隣に超巨大私立高校がそびえていて昼間や夕方にくると学生しかいないって友人から聞いたことがある。しかも今は夏休みなこともあって一日中高校生で埋め尽くされてるって話だ。確かにやけに自転車の量が多い気もする。こんな夜まで入りびたる神経がわからない。
俺は秋元の意見に賛成だった。こんな時間に店内に入るのは正直ダルい。
車を敷地内へ乗り上げ、ドライブスルーのレーンへと並ぶ。運転席側のパワーウィンドウを開け、受け答えの準備を整える。前方には四台ほどの車が列を作っているが、そんなに時間はかからなそうだ。
「そういえば気になってない?私が青山君を呼んだ理由。」
そういえばすっかりと忘れていた。何せ突然ほとんど知らない女子に一人の時間を奪われたと思ったらスタバに行けって指図されるものだから………と心の中でゴチャゴチャ呟いていた。今日呼ばれた理由には少なからず興味がある。
音楽の音量を気持ち下げて、聞く体制を整えた。
「そうだな。俺が呼ばれた理由って何かは知っておきたい。」
「その言い方だと呼ばれたことに関してはあんまり歓迎してないみたい。」
「まあ、俺は一人の時間を大切に生きてるからな。」
「だったら来なかったら良かったのに。」
「女の子は大切にしなさいっていう親の言葉に従ったまでだ。」
「へぇ、大切なんだ?」
「女子だからな。それ以上でもそれ以下でもないよ。」
秋元はフフッと微笑を浮かべた。秋元の笑った顔は俺の記憶に残るあの頃の秋元を想起させた。秋元が着ている服が制服っぽいこともあってか学生時代の彼女にまつわる記憶が断片的に脳に流れてくる。いうほど記憶はないけれど。
話が濁されたので本編へ戻そう。
「で、俺を呼び出した理由ってのは?」
秋元は不意を突かれたような表情を浮かべた。そんな話してたっけ、みたいな。数十秒前のことを忘れるのは最早最近の女子あるあるだ。勤め先の女子もこんな感じで本編から脱線すると本編の記憶が飛んでいくようだ。
秋元はいたずらっ子みたいな表情を浮かべ、そっと言った。
「ただ、会おうかなって。」
その時、一瞬顔に熱を感じた。そして、この状況が昼間じゃなくて良かったと心の底から思った。
ドライブの夜、新作フラペチーノを片手に。 街宮聖羅 @Speed-zero26
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