ドライブの夜、新作フラペチーノを片手に。

街宮聖羅

第1話 夜分遅くに

 この夏。俺は、車を買った。中古車だけど。

 ディープブルーを纏ったワゴン型の十五年前くらいのオートマ車。十万キロを超えているが特に改造とかもされていない。本当に十万キロも走っているのかと疑うくらい綺麗な外内装、ペダル類は確かに傷ついているけどそんなに目立たない。シフトレバーは少し革がはがれている程度。違うグレードにはエアロを装着したマニュアル車仕様もあるらしいけれど特に興味はない。かなり良い状態、そして低価格。購入できて良かった、って心の底から思った。

 この車を購入してから三週間が経過しようとしていた。初めての愛車で舞い上がってた初週。未だぶつけそうになったり、事故をしそうになったりとかはない。免許を取って一年を経過したが今までそういうことを経験したことがないのためにいつ事故ってしまうか毎度ヒヤヒヤしながら運転をしている。

 車を購入して、ピザの配達員をしながら小説を書いている俺の毎日から新しくできた趣味がある。


 「やっぱ、夜がいい。車少ないし、人もあまりいないし。」


 夜ドライブ、これが俺のライフスタイルに追加された新たな楽しみであり趣味。九十年代に流行った曲をかけて、制限速度にゆとりのあるスピードで思うがままに進んでいく。たまに最近流行っている夜にピッタリな音楽を仕事先の高校生とかに教えてもらって最先端を満喫している。今日は教えてもらった「ずとまよ」と呼ばれている方々の曲を流している。聴いていて思うのは、確かに癖になるような音楽、ということだ。俺の世界にはなかった新たな音楽ジャンル。今後はこういう曲をあさる活動も増やしていくのもいいかもしれない。


 「確かに、あのルカちゃんの言っていた通りの相性だな。」


 窓に流れる見慣れた風景、夜バージョン。ただ歩くだけでは得ることのできないエモさをこの曲をかけていることで堪能できる。ちなみにルカちゃんとは勤め先にいるバイトの女子高校生だ。彼女がバイトとして入ってきた際にいろいろと教える教育係として接したのが出会い。ちなみに高校では商業を学んでいて将来は母のカフェを手伝いたいのだそう。俺の高校生時代の何倍もしっかりしているし、何より可愛い。彼氏はいないとか言っていたけれどそれが本当なのかどうかはわからない。好きな人はいるらしいけれど………とまぁ、俺に最新情報を教えてくれる子の話はここまで。

 俺は車を海岸沿いの道で停める。長時間の運転はガソリンも減るし、集中力も切れるしで正直危険。だからこうして人気のない場所に来ることがよくある。

 ドアノブに手を掛け、降車する。街灯は等間隔に配置されているけれど俺の停めた場所の近くにはなかった。そのため月光と微妙に届く街灯の光を頼りに周りを把握する。ドアを閉めると閉めたときの音が潮風の音だけが占拠する場にこだまする。ロックを掛けたときに光るハザードが異様に眩しい。

 

 「やっぱりいいな、こういう一人の時間ってのは。」


 テトラポットの上に腰を置く。フナ虫の存在も忘れ、俺はただ夜の海を見つめる。二十歳にしては渋い趣味なのかもしれない。一人でふらっと海に来て、月に照らされながらただ物思いに耽る。彼女もいないし友人は県外の大学に出たりしていてあまり関わることも無くなった。だから、こういう時間が寂しいと思う時もある。けれど、人とワイワイするのも何か違う気がして。

 スマホには好きなマンガのイラストをスクショした待ち受け。もうすぐアニメ化されるとかで少し楽しみな一作。今度は月明かりで漫画を読むのもいいのかもしれない、って思ったり。最近知ったのだが、Bluetoothという技術を利用して音楽を掛けることができるスピーカーがあるらしい。値は張るが一度購入してみてこのような場所で「ずとまよ」を流してみるのもいいかもしれないって思ってみたり。

 

 「買ってみよかな。Bluetoothスピーカー。」


 スマホを取り出し、アマゾンを開こうとしたら一件のメッセージが表示されていた。


 『 夜遅くごめん。今って暇だったりする? 』


 待ち受け画面上にポツンと表示されているメッセージ。めったにメッセージなんて来ない俺だが、送り主もめったに画面では見ない名前だった。


 「秋元朱夏、懐かしい名前だな。なんでこんな夜遅くに。」


 相手は中学時代に一緒だった秋元。みんなは朱夏って呼び捨てにしていたけれど、俺は特に深い関わりがあった訳でもないから普通に名字で呼んでいた。連絡先をなぜ俺が持っているのかも不思議なくらいだ。可愛かった、という印象以外は特に記憶がない。いわゆる陽キャというやつだったのかもしれない。

 俺は『暇だよ。』と一言返信すると既読マークが秒で付き、すぐさま返信が送られてきた。


 『 今から会えたりするかな?伊余川駅にいるんだけど 』


 意外と近い場所にいた。ここから車で五分ほどの場所。

 俺は『いいよ。そっちに行く』と返信し、テトラポットから堤防に飛び移り、そのまま道路に飛び降りた。スニーカーを履いているのに脚にジーンとした衝撃が走った。車のドアをアンロックし、乗り込む。月の灯りに照らされた車内は意外と明るかった。鍵穴は見えるし、シフトレバーもしっかりと見える。エンジンをかけると車内のメーターやディスプレイに電気が供給され鮮やかに光る。特にメーターがレッドになるのがこの車のお気に入りポイントである。ライトをつけるとナビは夜バージョンに変化。夜の雰囲気を壊さない良いシステムだと思う。今更ながら気づいたのはマフラー音が少しうるさいということ。唯一ノーマルではない箇所だと販売店の方に言われたことを思い出した。


 「さてと、謎のお呼び出しだが行きますかね。」


 停車していたブルーの車体はゆっくりと動き出し、数年振りの再開へと走り出す。

 


 

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