第19話

ある日のあるテンペストホールの入り口にて。

「あああああぁぁぁ……。今日も仕事だぁ~……」

前のめりになり、ゾンビのように両腕を力なくぶらぶらさせながら歩いている少女、アマガサがいた。およそ女の子がしてはいけないような際どい表情をしながら嫌そうにテンペストホールの入り口に向かって歩いている。

「嫌だなぁ……。帰って録画したアニメ観たいなぁ……」

ゲームオタクであるアマガサであるが、同じくらいのレベルでアニメオタクでもあった。特に深夜帯に放送しているアニメが好きで、一週間で十種類近い量のアニメを観ていた。

「というかクラウディアちゃん、最近乱暴になってきてるよぉ。私のガラスで出来ている体が壊れちゃう」

聞きようによってはアマガサとクラウディアが何かヨカラヌコトをしているように聞こえるが、実際は仕事に行きたがらないアマガサを無理やりクラウディアが引っ張ってきているだけである。

今日も例に漏れず、アマガサの自宅まで迎えにきたクラウディアがアマガサを自動車に放り込み、およそ安全運転と呼べるものではないハンドリングでアマガサの仕事場まで連れてきた。

「車から降ろすときだって物を投げるように放り出すし……。空き缶かなぁ、私は!」

アマガサが突然大声を出したせいで、すれ違った他の気象精霊が何事かとビックリして振り返る。

ちなみにそのクラウディアはというと、今日はアマガサとは違うテンペストホールでの仕事のため、アマガサを捨てた後にサッサと自分の職場に行ってしまった。

「……フフッ。空き缶って……。クフッ、フフフフフ……」

なにも面白い部分は無かったのだが、アマガサは自分で言ったそのフレーズがツボだったようで突然笑いだす。笑いを押し殺そうとしているが周りに漏れており、近くにいる気象精霊が不気味なものを見るようにジロジロとアマガサを見る。

とそこで

「あ、アーちゃん……? だ、大丈夫?」

「は、ハーちゃん!?」

偶然近くにいたハレノヒが話しかけてきた。

「な、なぜここに……」

アマガサが挙動不審な動きをしながらそう聞いた。

「いや、ここでの仕事が終わって次のテンペストホールに向かおうとしてたんだけど……。そしたらアーちゃんがエントランスに居て、笑ってて……」

「あー……。いやー、そのぉ……」

不気味に笑っていたことはアマガサ自体もおかしな事だとわかっているのか答えに詰まる。しかもその原因が絶対に他人には理解されない事だとしたらなおさら答えられない。

「ちょ、ちょっと面白い事考えてて……。それだけ……。ホント、それだけ……」

目線は泳ぎ、手はよくわからない手話のような動きをさせながらそう言った。

「そ、そう……? だったらいいんだけど……。アーちゃん、ときどきよくわからない行動するからさあ」

「えぇ……。ハーちゃんにもそう思われたのん……」

親友によくわからない行動と言われ、軽くショックを受けるアマガサであった。

「ところでアーちゃんはなんでここに? お仕事?」

今までの会話が無かったかのようにハレノヒが明るいトーンで話しかける。これ以上深堀りされないことがわかるとアマガサはホッとした。

「そ、そうそう。お仕事お仕事……」

そう答えるとハレノヒがニッコリと笑いながらアマガサの頭を撫でる。

「偉いねぇ、アーちゃん。ちゃんとお仕事に来られて」

「うぅ……。優しくしてくれるのはハーちゃんだけだよぉ」

アマガサ力が抜けたようなフニャフニャした表情でハレノヒに抱きつく。ハレノヒはなおも「よしよし」とアマガサを撫でている。

いまさらだがアマガサは一七〇㎝近い高身長で、ハレノヒは一四〇㎝ちょっとの低身長である。アマガサが腰を折ってハレノヒに抱きついているため、はたから見るとなにか奇妙な光景であった。

「どうしたの? またクーちゃんに怒られちゃった?」

「うん。そう────、じゃないよぉ。クラウディアちゃんには怒られてないよ……」

アマガサは頷きそうになったところで寸前で止めた。アマガサもそこまで馬鹿ではない。クラウディアに怒られた事を愚痴っていたことが本人に知られたらまたそれで怒られる。そんなくだらないことで怒られるなんて勘弁願いたかった。

「単純にお仕事嫌だなー、って思ってさぁ」

実際にそう思っているんだから嘘ではない。仕事が嫌な事に間違いはないのだからこんなにブーたれているのだ。

「でもほら。このお仕事は私たち気象精霊にしか出来ないことなんだから、頑張らないとダメだよ?」

「う~ん……。まあ、ハーちゃんがそう言うなら……」

抱きついてたハレノヒから離れたアマガサは後頭部をポリポリと掻きながらそう言った。

「そうそう! アーちゃんはやればできる子なんだから!」

「そ、そうかなぁ……。エヘヘへ……」

実のところ、やる気自体は変わってなかったのだが、ハレノヒが説教を始めそうな雰囲気を出していたため適当に合わせただけである。それでも褒められると嬉しいアマガサであった。

「アーちゃんはのおかげで私はこの仕事が出来てるんだから、もっと自分の仕事を誇りに思わなきゃダメだよ!」

「えぇ~。私そんな凄いことしてないよぉ」

「してるって! あのときだって私────」

そのとき、フロントに設置されている大時計がゴーンゴーンと鐘を鳴らした。

「あっ、私そろそろ行かないと。じゃあねアーちゃん。仕事場に来れただけでも偉いけど、ちゃんとお仕事も頑張ってね」

そう言うとハレノヒは風のように走り去って行ってしまった。次の仕事の時間がギリギリなのだろうか。

「い、行っちゃった……。あれかな、いつもみたいにバス代もったいないから走って行くのかな」

もうすでに姿が見えなくなったハレノヒが去った場所をチラリと見ると、一人残されたアマガサは大きく伸びをした。

「ハーちゃんに言われちゃあしょうがないなぁ。仕事部屋に行きますかぁ」

アマガサはダルそうに、だがさっきよりはしっかりとした足取りで自分の仕事部屋に向かった。

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雨がヤンでる!? 銀銅鉄金 @ginndoutekkin

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