第6話 恐れの正体

日の出と共にデルステリアの街中に鳥達の朝を告げるさえずりが至る所で上がる。

昼夜問わず賑わいを見せるこの街も、唯一この時間だけは夜と昼に活動する住人が入れ替わる時間だけあって、街中は閑散としている。


そんな街の中心部の城の中では穏やかな朝の雰囲気を吹き飛ばすように悲鳴が上がった。

ジェラルドは驚き飛び起きる。


昨日のことを思い出し、元勇者達の襲撃かとも思ったが、距離的にも一晩で攻め込んで来れるわけがない。

ベッドの上で考え込んでいると、扉がノックされメイド姿の少女が入って来た。


「おはようございます。ジェラルドさん」

「なっ」


少女の顔を見上げ、ジェラルドは口を開けて目を見開いて固まる。笑顔で見下ろしてきているのは昨日の元勇者の集団でリーダーと名乗っていた少女だ。


「何故ここにいる……」

「まだお話しの途中でしたのでお伺い致しました」

「いや……断っただろ。それにどうやって来た! その格好は何だ!」

「まぁまぁ。寝起きだというのによくそんなに口が回りますね。お着替えお手伝い致しましょう」

「さっさと問いに答えろ!」


少女はジェラルドの服に手をかけたが、強く払われ不満げだ。


「分かりました。お答えしましょう」


少女が語ろうとした時、廊下を走る音が近づいてくると部屋の扉が勢いよく開いた。顔面蒼白のディランが飛び込んで来てジェラルドに助けを求めるが、ベッドの脇に立つ人物を見て悲鳴を上げた。


「ひぁあああ! なっ、なっ、な、何で貴様もいる」

「顔を見て悲鳴を上げられるなんて、傷つきますね。短い期間とはいえ……毎晩語り明かした間柄ですのに」


悲しげな顔を浮かべる少女を見てジェラルドはディランを見上げる。


「かんじがいするなよ……コイツに夜通し仲間になれと言われ続けただけだ。人を虜囚の身にして何が間柄だ」


騒ぎを聞きつけたのかマリエルが部屋の中へと入ってくる。アティアの存在に全く驚きもせずにジェラルドに朝の挨拶をする。


少しも動じていない様子は明らかにおかしい。


「マリエル知っていたのか?」

「うん。昨日寝ようとした時に訪ねて来た」

「訪ねて来たって……」


近隣に住む隣人を訪ねるみたく軽い口調。だが実際は早馬でも昼夜問わず走り、10日以上かかるほどに距離が離れている。


「不思議そうですね」


アティアはベッドに座るジェラルドの横に座ると寄りかかり見上げる。


「簡単な話ですよ。ジェラルドさんとマリエルも訪ねて来たじゃありませんか」

「まさか……転移か」

「不可能だ! 人間風情にこの距離の転移など出来るものか! 100歩譲ってできたとしても転移の道標無しに転移など不可能だ!」

「あっ……」


ジェラルドには身に覚えがあった。森からクレスティナと共に城に戻った時、トイレを貸して欲しいと言われ少しだけ目を離していた。


「多分元勇者の人間を城に入れた時か……転移を使えるほどの魔道士だったのか……」

「なんだと!! 何やってやがる!!」


昨日から怒鳴りっぱなしのディランは一番の声を上げてジェラルドに掴みかかろうとしたが、アティアが胸に飛び込みディランは固まり悲鳴を上げる。


「ひぁああ! 俺に触れるなイカレ女!」


後ずさりするがアティアはディランの背中に手を回し身体を寄せる。


「本当に面白い反応をされますね」


ディランは震え、カカシのように手を真横に突き出し、ジェラルドに子犬のような目で助けを求める。


そこへマリエルがジェラルドの横にちょこんと座る。


「何あれ」

「あいつは大の女嫌いだからな」

「女嫌い?」

「人間だった頃あいつは9人姉妹の真ん中で1人だけ男。色んな仕打ちを受けてきたんだと。確か死んだ理由も女絡みだったらしい」


マリエルはジェラルドとディランの顔を交互に見ると、心配そうにジェラルドを見つめる。


「もしかしてジェラルドも男にしか興味ない人?」

「俺は普通だ……」

「俺もだ!! 人を勝手に男色趣味にするな! 話してないでさっさとコイツ引き剥がしてくれ!!」


いつのまにか壁際まで追い詰められ、身体が擦れる度に小さな悲鳴を上げている。

このままでいても全く話しが進まない。渋々助けようとジェラルドは立ち上がろうとしたがマリエルの手が肩におかれ止められた。


「助けなくていいよ。アティアとそういう約束したから」

「アティア? 約束?」

「うっうん……」


疑問に思い聞き直しただけだが、マリエルの頬は少し紅く染まった。どんな約束をしたのか。既に名前で呼び合うような仲なのかと突っ込みを入れたかったが今はその約束とやらをきくのが先決。

マリエルの言葉を待つも中々口を開かない。

それを見てアティアが先に口を開く。


「まぁ女性同士色々あるのですよ」

「女性って言ってもだな……」


見るからにマリエルの背丈は成人の女性とは思えない。恐らくは幼くして命を落としたのだろう。


「そういえば、魔王様方は人間の時は何をされていたんですか?」

「昨日言っただろ。聖騎士だったって。ちなみにそこの震え上がっている奴も聖騎士だったらしいぞ」

「ほう。そうなのですね。マリエルは何をしていたのですか?」


興味はあったが、あまり聞きたくはない。こんな歳で命を落としたという事は、どんな理由であろうと不幸に満ちていた人生だったのは確実だろう。


「私は聖王教会の……魔道士」

「ちょっ、ちょっと待て。聖王教会の魔道士だ?」


聖王教会は勇者を選定する組織であり、大国にすら影響力を持つ組織。ジェラルドもその教会の聖騎士だったから内部事情には詳しい。千年前から制度が変わらないのであれば、聖王教会の魔道士は大陸中から集まった優秀な魔道士で構成される。


聖騎士は騎士の上位の位だが、下位の騎士であれば志願者は誰でも入ることができる。

だが魔道士は違う。入るには圧倒的な魔法の才と16歳以上という条件がある。


魔法の才を持ち、魔王に転生したマリエルの力は計り知れない。ほとんど魔法を使えなかったジェラルドでさえ巨大な魔力を持ち、勇者のパーティの魔道士を圧倒することが出来るからだ。


しかしそれよりも気になることがある。


「マリエル何歳で死んだんだ……」

「18だよ?」


信じられないと言った目でマリエルを下から上へ、そしてまた下へと見直す。

魔王の肉体は生前の養子にどこか面影を持つ。しかしどう見ても十代前半の容姿。


「なぁ〜に?」

「なんでもない……」


マリエルは不機嫌そうに口を曲げる。ジェラルドが思っている事は絶対に伝わっている。


「まぁいい。それはどうでもいい。でだ、転移で来た事は分かった。その格好はなんだ」

「どうでもよくない!」


ディランにしがみ続けているアティアはメイド服姿で、昨日会った時は騎士みたいな服に袖を通して凛としていたが、その面影は無くずいぶんと可愛らしくなっている。


「別に見た通りですよ。まだまだお話しが終わりそうにありませんので、メイドをしながら話そうかと思いまして」

「やる気はない。話しは終わっただろ」

「本当ですか!? ご協力頂けるのですか!?」

「は?」


アティアはディランを離し、ジェラルドに駆け寄ると目の前にしゃがみ込んで嬉しそうにジェラルドの手を取る。


「何故そうなる……」

「話し終わったとおっしゃったじゃありませんか。終わったと言う事は強力してくださるのですよね?」

「なるほど、そういうことか……」

「まぁいいです。ジェラルドさんにもお願いしたいところですが、朝と夜は交渉しないお約束ですので今はディランさんを先に説得ですね」


壁際ではディランが息を切らしてしゃがみ込んでいる。正直なところディランはイカレ女と言うが、元勇者の集団である天の禊のやろうとしている事は共感することができ、悪い印象ではなかった。

ディランを捕らえていたのもお互いの為であって、多少強引ではあるが軽蔑するほどではない。


だが目の前の少女は一切引き下がるつもりは無いらしい。話が終わると言う事はジェラルドが首を縦に振る事を意味する。

しかも今しがた聞いた内容から、ディランは夜通し今のような会話を続けていたのだろう。

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魔王を辞めたのに元勇者たちがしつこいのだが 宮野ほたか @hotapon

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