第5話 先々代の恐れ

デルステリアの城の前の広場に3人は転移してきていた。場所を確認するなりジェラルドは口を開く。


「おい、どういうつもりだ!」

「話しは後だ! 今すぐ軍、いや時間が惜しい、近衛だけでいい。招集しろ! 転移で送り込むんだ! 俺とお前、そのガキが加わればやれる。街を吹き飛ばすぞ」

「ガキじゃないし!!」

「正気か? 駄目だ、もう少し様子を見るぞ」

「ふざけるな!! 今やらないと取り返しがつかなくなるぞ!」


 やり方には納得は出来ないが、勇者達の言い分はとても好感が持てる。計画についても突発的な大きな問題が無ければいつかは成功する気がした。

 協力する気は一切無いが、積極的に行動する理由もない。敵意は一切感じなかった。

 下手に軍を送り込めば藪をつついてしまう事になるかもしれない。


「魔王様がた!! ご無事ですか!!」


 気配を感じてか、フェゴールが血相変えて飛び出してくる。


「魔王様! また人間ですか!!?」


 フェゴールはディランの顔を見るなりジェラルドに詰め寄る。


「だから魔王じゃないと言っているだろ……それにだ。気配を探ってみろ」

「どうせまた勇者なのでしょう……この気配、まさか……」

「ああ。そうだ。こいつは俺の前の魔王だ」


 フェゴールは目にも留まらない速度で膝をついた。


「おっ、お会いでき光栄であります!」

「挨拶はいい! お前。近衛を招集しろ! 転移で人間の街を消す」

「人間の街をですか? しかし先代とはいえ……」

「俺は反対だが、俺に意見を求めるな」


 フェゴールは指示を求めるが如くジェラルドを見上げる。一瞬自分自身の意見を命令しそうになるが飲み込むと、マリエルをひょいっと持ち上げてフェゴールの視線の先においた。


「お前の今の主人はこいつだ」

「ジェラルドが反対なら反対」

「おまえなぁ……少しは自分の意見をだな……」

「ジェラルドの意見は私の意見だもん。私の意見はジェラルドの意見ね」

「勝手に押し付けるな」

「てめぇら何悠長に話してるんだ! あいつらは今ここで殺さなきゃならん!! なぜそれが分からん!!」


 ディランは体全体を使って訴えるが、ジェラルドは冷静だ。ディランの言っていたことが本当のことだとしても最初に手を出したのはベルフォードの方だ。向こうは殺すことも出来たはずなのに命は奪わなかった。

 そのことからも向こうから完全に敵対することはまずないだろう。


「そんなにいきたきゃ1人で行けばいいだろ。どうせお前のことだ。あの街にマーカーは打ってあるんだろ?」


 人間の動向を探るのに丁度いいから転移のマーカーを打っておけとジェラルドに助言をくれたのはディランだ。


「あの頭のいかれた女どものところへ1人で戻れってか! 」

「別に遠くから広範囲の魔法で吹き飛ばせばいいだろ」

「防がれたらどうする! あいつらはいかれているがアホじゃない!」

「なら魔法だけ転移させればいいだろ」

「そうか! その手があったな」


 ディランはうつむき、掌を上に向け集中する。黒光が体を覆い微かに地面が震える。


「デーモンスフィア」


 掌の上に拳大の大きさの黒い球体が現れた。笑みを浮かべ、足下には魔法陣が現れた。


 だが、突然魔法陣は消え、黒い球体も拡散して消えた。


「嘘だろ……ありえん」

「どうした?」

「ジェラルド! さっきの街にマーカー打ってあるだろ! 気配を探れ!」

「何言ってるんだ。マーカーがどうした……ん? どういうことだ……」

「何? どうしたの??」


 2人は顔を見合い驚きを隠しきれない。その様子にマリエルは首をかしげる。


「あの街のマーカーが消えてる……ありえるのか。勇者とはいえ人間だぞ」

「そんなっ、そんな馬鹿なことありえません! 魔王様の魔力マーカーを打ち消すなど出来るはずありません!」


 転移の魔法は地表から地下深くにある地脈に向かって打ち付けるもの。巨大な魔力を持つ者ほど地脈近くまで届く魔力マーカーを打ち付けることができ、転移の距離は大きく伸びる。地脈からの魔力の供給で魔王クラスの魔力マーカーであれば生涯消えることはまずない。


 そのことからも間違いなく勇者達が何かしているのは間違いない。魔力マーカーを消す手段は、地表の魔力マーカーが設置されている場所を特定し、マーカーの魔力量以上の魔力を打ち込み、凝縮している魔力を霧散させれば解除は可能だ。

 だが魔王の魔力マーカーを消したのならば尋常ではない巨大な魔力が必要だ。微小な魔力の察知能力と地下深く打ち込まれた魔力を相殺するだけの魔力出力。察知だけならば可能かもしれないが、相殺となれば間違いなくそれをやった者は相当な魔法の使い手だ


「ディランの思惑を読んでいたな……まぁ、でも放っておいても問題ないだろ」

「大ありだ!! 進軍してでも始末するべきだ!」


 転移のマーカーを潰せるだけの魔法の才の存在によって元勇者達の危険度は大きくなるが、実際はどうすることも出来ない。近くの街にもマーカーはなくはなかったが、下手に動けば罠がある可能性すらある。転移してからマーカーを潰す時間が早すぎる。そのことからもいつでもマーカーを潰せるように準備していたとしか考えられない。そこまで周到に計画していたということは近くの街にも元勇者、あるいは協力者が潜伏している可能性がある。


「駄目だ。この件についてはこちらから行動は起こさない」

「奴らは仕掛けてくるぞ!」

「動きがあってからでもいいだろ。まだこちらに対して敵意が確認できたわけじゃないからな」

「マーカーを潰した時点で十分に敵対してる!!」


 それだけで敵対する事になるとは到底思えない。転移を封じたのは間違いなくディランがなにか仕掛けてくると見越してのことだ。ハッキリと断り、今は城まで戻って来ている。

 これ以上何かを仕掛けてくるとは思えなかった。


 勇者達がこちらに干渉するには、魔族の軍の監視を突破しなければならない。人数を絞っての潜入は3人の魔王の力の敵ではなく、人数が多ければ接近前に警戒網に引っかかってくれる。


 全面衝突した場合はお互いにタダでは済まない。それが分からないほどあちらも愚かではないはずだ

 それにジェラルドやディランが手伝わなくても計画を聞いた限り、自分達だけで目的を達成する事も十分に出来る。

 魔族の名家の中には人間のことを好いているものもわずかながらいる。

 そういった所から切り崩していけばいつかは達成できる。


 もし本当に魔族と人間の和解が可能であるのならば、敵対するよりも中立の立場でいたい。

 ディランはジェラルドの肩を掴み訴えかけるが、面倒くさそうに顔をしかめている。


「しつこいぞ 俺の時は散々煙たがっていただろう。 またどっかの山奥にでも引きこもってろ」

「あんな危険な奴らを放って引きこもれるわけないだろ! 今度捕まれば何されるか……」


 明らかにジェラルドとディランの視点は異なる。ジェラルドは命のやり取りに発展する可能性を考えていたが、ディランは明らかにその視点ではない。


「そんなに怖いならここにいればいいんじゃないか?」

「……怖いだと。俺があんな奴らに恐怖など抱くものか」


 目は泳ぎ、声は裏返っている。


「そうかい。ならどっか行くのか? 次監禁されても知らんからな」

「助けてくれないのか……」

「理由がないからな。魔王ならば自分でなんとかするんだろ?」


 ディランに会いに行った時、助言を求めると決まって返された言葉だ。覚えがあるのか、ディランは顔面蒼白で固まっている。


「よっよーし。いいだろっ、ここにいてやる」

「だ、そうだ。マリエル」

「ん?」

「この城の主人はお前だ。お前が決めろ」

「ん〜なら、嫌!」

「「え……」」


 想定外の返事だったのか2人揃って声を上げる。マリエルの顔はどことなく膨れている。


「餓鬼じゃないから。私とジェラルドの城に入らないで」


 どうやら餓鬼呼ばわりされた事を根に持っているらしい。


「餓鬼は餓鬼だろ。別にお前の許可など必要ない。俺は先々代だぞ」

「また言った……ふふふ」


 マリエルは帽子を取るとジェラルドに押し付ける。そしてディランに数歩近づきドス黒オーラがマリエルの身体から溢れ出す。


「やる気か? いいだろ。餓鬼相手に手加減出来るほど器用じゃないぞ。謝れば殺気を向けていることを許してやらんでもないぞ」


 ディランの言葉の直後。マリエルから漂う威圧感が跳ね上がる。


「なるほどな。その力、餓鬼でも魔王か。いいだろう1000年ぶりに全力で相手してやる」


 ディランもオーラを放ちマリエルを見据える。次第に2人の発する魔力がぶつかり周囲に風が吹き荒れる。


「ディスペルフュージョン」


 2人の纏っていた魔力が拡散して消え、風が収まる。


「やめろ。お前ら街を吹っ飛ばす気か」


 この城の場所は街の中心部。こんな場所で戦闘すれば街がどうなるかは結果を見なくも明らかだ。一瞬気に入らなそうに2人はジェラルドを見たが、激怒している様子を見て、察したのか目から戦意がなくなった。


「すまん。ついな……」

「ごめん……でも」


 マリエルはキリッとディランを睨みつける。


「勝手にしたらいい!」


 そう言い残すと、ジェラルドから帽子をひったくる。一人先に城の中へと戻っていった。

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