第4話 引きこもりの魔王

「詮索はもういいだろ。聞きたいことがあるのならはっきり言え」


ジェラルドのことを探るような質問が続くことに嫌気が差してきていた。


「そうですね。では、単刀直入にお伺いします。私達の仲間になりませんか?」

「仲間だと?」

「我々天の楔の目的は魔族と人間の共存です。人間側の準備はこの2年で概ね完了しておりますが、魔族側の根回しが一切できていないんです。そこをあなたにお願いしたいのです」

「待て待て……順を追って説明しろ」

「最終的には魔族の代表と人間の代表の会談の場を設けたいと思っているんです。そのために仲間が人間の主要な国の王族に転生しています」

「王族に転生だと……」


ジェラルドの顔が曇った。王族に転生と言うことは。その国はこの元勇者の勢力に取り込まれたといってもいい。元勇者だけでも厄介な相手であるのだが、それに加え人間の国まで取り込まれているとなっては黙認できる許容をはるかに超えている。


「継承権問題もクリア済みで権力は概ね掌握できています。あとは魔族側。魔族の主要な家と強いパイプを持つ貴方が仲間になってくだされば計画を実行に移せます」

「よく見ているな……」


魔王時代、勇者を倒した後、殺戮を防止するために魔族の主要な家に協力してもらうため親密な関係を築いていた。それにより、勇者を倒しても人間の集落を襲うような盗賊まがいな輩をある程度は抑止できていた。

確かに元勇者の計画している案は平和への第一歩ではあるが。


「無理やり頭を押さえて、魔族と人間を和平させたといって、本当にうまくいくと思っているのか?」


人間、魔族両方ともにお互いに向けての憎しみは何も変わらない。逆に和平にむけてうごくことによって今まで勇者と魔王の戦いと小規模な戦いで済んでいた事が、やり場のない気持ちが爆発することによって大規模な戦いに発展する可能性はおおいにある。


「争いはあると思います。ですがそれは時が解決してくれると信じています」

「信じるか……」

「もちろん大きな戦いが発生するのは私達も想定はして対策も考えています」

「具体的には?」

「我々の組織が第三勢力となり戦いの抑止力になります」

「なるほどな……裏から各勢力を操り、表では従わない各勢力、三勢力で睨みあうということか……」

「試算では犠牲者の数は今とそれほど変わらないと出ています。我々と協力して平和の世界を作って頂けないでしょうか?」


真剣な眼差しで語る少女を前にジェラルドの口元は緩む。


「何かおかしいですか?」

「いや、すまないな。お前の理想と計画は理にかなっている。お前らが俺のことを誤解しているみたいでおかしくてな」

「誤解ですか?」

「この際だからはっきり言っておく。魔王の責務から解放された今だから言うが、魔族か人間かどちらを滅ぼすかと言われれば、俺は一切の迷いなく人間を選ぶ。計画を聞くがきり今ある戦力で人間側の勢力を亡ぼせばいいと思っている」

「――っ。なぜですか!!」

「魔族は魔族同士で争いはするが滅ぼし合うまではしない。だが人間はそれを躊躇なく行う。どちらが好感を持てる種族なのかは言うまでもないと思う。まぁ正直なところ、どちらが滅ぼうと俺には関係ないことだがな」

「ではっ、ではなぜ……魔王の責務から解放されたにもかかわらず勇者一行を迎え撃ったんですか?」

「それは簡単だ」


そう言うとマリエルの頭に手をポンッと置いた。


「俺はこいつのために戦うと決めた。こいつに危害を加える奴は誰であろうと容赦はしない」

「元魔王が魔王のために戦うと……?」

「そうだ。いっそのこと世界が滅べばこいつが悩むことがなくなるんじゃないかとも考えたぐらいだ」

「ふふふっ」

「何だ」

「いえ失礼しました。元、いえ、ジェラルドさんは本当にお優しい方ですね」

「誤解だ……」

「謙遜を、元魔王は任から解放されれば、絶大な力を持ちながら世界に干渉することはないと聞きました。でも貴方は違った。天界から貴方の様子はたまに伺っていました。どれほどの苦悩を抱えていたのかは私の想像できないものだということも」


アティアだけではない。その横に立つクレスティナ、仕切りの向こう側で聞き耳を立てていた少女達の顔が曇った。


魔族と人間の全面的な戦争を防ぐため、魔王が魔族を管理し人間たちの希望である勇者を見定め世界のバランスを保つ。世界のために。聞こえのいいそれは世界のために魔王が人柱になっているに等しい。死んでも勇者が死ねば復活はできるが精神面は何も変わらない。並みの精神ならば、殺し、殺されを繰り返していけば精神は磨り減っていく。今まで魔王の任を解かれた魔王が世界に干渉しなかったのは、制度上の制約があって干渉しないわけではなく。自らの意思で世界から距離を取るのからだ。


アティアはふと後ろに目を配る。

そして嬉しそうに口を開いた。


「どうでしょうか? 仲間になっていただけますか? もちろん部下になれと言うわけではなく。私と対等な関係性です」

「勝手なこと言わないでくれる?」


マリエルが唐突に口を開くとアティアのことを睨みつける


「勝手とは?」

「やりたければ勝手にやればいい。世界のためにやりたいのなら、貴方が命を賭けて魔族の家と話し合えばいい。ジェラルドに甘えないで」


「……そうですね。少し甘えがあったかもしれませんね。ですが誤解をしないで頂きたい。当初の予定では元魔王には抑止力になっていただきたいと思っていました。いるかもしれないという疑念が武器になる。ですがそんな時に今まで天界から見守っていたジェラルドさん。あなたの魔王の任期が終わると教えていただけて……」

「天界はそんなことまでお前らに教えたのか?」


魔王の素性は天界の中でも知っているのは上位天使のみだ。例え元勇者でも魔王制度の魔王自身については聞けないはずだ。

魔王の残りの任期など転生を控えている元勇者に天界が教えるわけがない。


「いえ。貴方のことを教えていただいたのはディランさんです」

「なっ、なんだと。あいつに会ったのか!?」

「誰?」

「俺の前の魔王だ……確か山奥にある湖のほとりに結界を張って住んでいるはずだ。あいつが俺のことを教えるだと……どういう心境の変化だ」


ジェラルドの前の魔王、ディラン・ルシファー。彼は魔王制度の一般的な魔王そのもの。ジェラルドに魔王を引き継いだ後は1人で山奥に引きこもった。数十年に一度はジェラルドはディランに会いに行ったが、嫌そうに追い返された。

それでもたまには世間話ぐらいはして、魔王の仕事について話し出すと直ぐに転移魔法で城に転移させられる始末。


「数ヶ月前にようやく見つけて、最初は話しも聞いてもらえずに名乗っただけで追い返されましたが、私達の熱意が伝わったのでしょう。魔王制度のことを色々教えていただけました」


アティアは奥の扉の側に立っている少女に目配せをすると、少女は奥へと消えていった。


「おい……まさかここにいるのか?」

「はい。数日前に色々とありまして。今はこちらにお越しいただいています」

「あいつがここに……ようやく外に出たか」


ジェラルドが微笑むと奥の扉が開いた。

銀髪の青年が出てくると、ジェラルドはギョッとして目を見開いた。

両手には重厚な枷、足には鉄球がついている。


「なんだこれは……」

「ジェラルド……ジェラルドじゃねぇか!!」


呆気に取られるジェラルドとは対照的に出てきた青年は嬉しそうに見つめ返す。


「おい。クソ女。約束は果たしただろ! これを外せ」

「そうですね。まだ途中ですがいいでしょう」


側にいた少女が枷を外すと青年は手首を擦った。

そしてジェラルドの膝の上に座るマリエルを見る。


「そいつが新しい魔王か。ずいぶんと可愛らしい魔王だな」

「ディラン何があった! なぜお前ほどの奴が捕われていた!」

「……そのクソ女にどこまで聞いた?」

「世界を平和にする計画とお前に協力してもらうために話し合いに行ったと。それがなぜそうなっている……」

「ジェラルド信じるなよ。毎日毎日、四六時中監視することが話し合いだと! 挙句の果てには深夜ベッドを囲むように立っていやがって……こいつらは世界の平和以前に狂ってやがる」

「は……」


聞かされる内容にジェラルドは言葉を失う。膝に座るマリエルは引きつらせて目の前に座るアティアを見る。


「誤解を生む発言はやめてください。私達は話し合いをしたいだけだったのです。それに来て頂いたのだって。私達に攻撃を仕掛けてきたディランさんと私達の身を守るためです」

「なるほどな。そうなった理由は分かった……」


過剰な付きまといにディトランが限界を迎えて今の現状になっていることは理解できたが、問題はそこではない。


「お前が負けたのか……」


約千年間戦いから遠ざかっていたとはいえ、元魔王だ。勇者数名ぐらいであれば倒せなくても最悪逃げることは容易い。


「……ああ。こいつらを現役の勇者と一緒にするなよ。力・戦術ともに比較にならん。なめてかかるとお前もこうなるぞ」

「それほどか……」

「そうだ……まずはそうだな」


ディランはジェラルドに近寄ると。ジェラルドとマリエルの体に触れる。


「おい……」

「ちょっ何を!」

「戦争だ。今度こそてめぇらを殲滅してやる」


ディランがそういい残すと3人の姿が消えた。

椅子から立ち上がりかけていたアティアは消え去った3人のいた場所を見つめるとため息をつきソファーに座りなおした。


「やはりこうなりましたか……でも大丈夫でしょう。クレス、首尾はどうですか?」

「もう動いています」

「そうですか……これから忙しくなりそうですね……」


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