第3話 元勇者との会合
ジェラルドはマリエルに事の顛末を鬼の形相で根掘り葉掘り聞かれ、その全てを答えた後朝日が昇るのを待ち、魔族領と人間領の境にある人間側の街、セルニカに転移していた。正確にはセルニカ付近の森の中。転移魔法は今まで一度でも行った事があり、魔力マーカーを設置していなければ行なうことができない。魔王時代に人間の動向を探りに来た時につけた物であるために街までは少し距離がある。
だがこの場合は丁度いい。
クレスティナの仲間はこの街で待っているらしい。何かあれば即座にこの転移ポイントに魔族の軍隊を転移させることができる。
自分1人であればそんなことは考えなくてはいいのだが……
「ちょっと! まだつかないの!?」
後ろからは猫耳帽子を被った蒼髪の少女が付いて来る。
マリエルは目の前を歩く少女を足元から睨み上げて胸元で舌打ちをした。
「マリエル。お前もっと魔力を抑えろ。それか帰れ」
「さすがに私も現魔王を仲間に紹介する気はなかったのですが……」
「黙れ」
「……お前こそ黙って帰れ」
「ならジェラルドも帰ろ」
全てを話した後、マリエルは自分も付いていくと言い出し聞かなかった。そして渋々つれてきている。幸いマリエルの容姿は人間に近い。頭の角と漏れ出る魔力さえ何とかすればごまかすことはできるはず。
マリエルの被っている帽子は耳のところが空洞になっている。普通の帽子だと頭を誰かに何かの拍子に触られたとき角を隠しきれないため。触られても耳に芯が入っているとごまかせるこの帽子を被っている。
「俺達に危害を加える可能性がある奴らだ会っておく必要がある」
そしてもしも危害を加える気であれば、その場で殲滅することも選択の一つで来ている。
マリエルを連れて来たのはそこの部分が大きい。なぜかマリエルはクレスティナのことが大層気にいらないみたいらしい。その感情を使わせてもらわない手はない。マリエルに人間殺しをさせたくはないが、1人で勇者の力を持つ人間を一度に十数人相手にするのは少々骨が折れる。
確実を期すためにもマリエルには後方支援をお願いしようと思いつれてきている。
「何度も言っているように、私達にそんな気はありませんよ」
ジェラルドの感情を察してか、クレスティナは何度も弁解しているが、ジェラルドの考えが変わることはない。
街の中に入ると、裏道を進む。人気のない道をしばらく行くと民家が少ない倉庫の前で止まった。
「こちらです」
倉庫の大きな扉の横にある扉に促されるままに入ると、間接照明が高い天井からぶら下がり、薄暗い空間ではあるが、花が至る所に飾られ、たくさんテーブルが並ぶこの雰囲気はお洒落な酒場といった感じだ。
そしてそこには数十人の少女が話していたが、ジェラルド達が入ってくるのを見ると話すことをやめて視線が集る。
「こちらでお待ちください。我々のリーダーを呼んで来ますので……」
一番奥の間仕切りで仕切られた場所に案内されるとクレスティナは去っていった。
ジェラルドとマリエルはソファーに腰掛けるが、2人の表情は曇っていた。
「話が違うな……嵌められたか」
低い間仕切りの向こう側に目を向けると、少女達と目があった。その少女達はまず間違いなくクレスティナと同様に元勇者の者達だろう。聞いた話では十数人といっていたが、何十人もいる。これほどの数は想定外。元魔王のジェラルドと現魔王のマリエルが全力で戦ったとしても劣勢は免れない。
ジェラルドが周りを警戒して目を左右に振っていると振れば振るほど目が合う。
「おい、なぜここに座る……」
マリエルは当たり前のようにジェラルドの膝の上に座っている。
「……そこに膝があるから」
「そうか。下りろ」
「絶対に嫌」
マリエルの声からは不機嫌さが伝わってくる。
「マリエル。もしもの時は最低限自分の身だけは守ってくれ。おそらく守りきる余裕はない。俺は可能な限り数を減らす。限界が来たら合図を送るから城まで撤退だ。その後は必要であればこの街ごと消す」
「後? もうやっちゃってもいいんじゃないかな。私がこの女たちを皆殺しにしようか?」
「は……」
初めて会ったときは虫も殺さないような印象を受けたが、自らの皆殺し宣言に呆気に取られた。
仕草からも可愛らしい少女と感じていたが、声色からは本気で言っているということが伝わってくる。
嬉しい様な悲しい様な、複雑な感情がジェラルドの心を支配する。
「怖いですね、我々は争う気はありませんのに」
声の聞こえてきた方を見ると金髪の長髪の女性が立っていた。後ろにはクレスティナがいる。
「貴様は?」
「私は天の楔をまとめさせていただいている、アティア・フェルコットと申します。お初にお目にかかります、でいいのでしょうかね。元魔王と現魔王にお越しいただけるとは幸いです」
「天の楔? 前置きはいい。用件を言え」
「そうですね。魔王様のやきもちが爆発する前にお話しましょうか」
訳が分からないといった様子のジェラルドと、ジェラルドの膝の上で睨みつけてくるマリエルを見て、くすくすと笑いながら反対側のソファーへと腰掛けた。
「元魔王様はこの世界の理については魔王に転生する前からご存知だったと、天界には伺いましたが誠ですか?」
「ああ。そうだ。俺は聖騎士で聖魔道士だったからな。推測はしていたがな。あとジェラルドでいい」
「わかりました。元々は人間である貴方がそのことを聞いてどう思いましたか? できれば魔王の務めを終えて、今現在どう思われているのかも教えていただけないでしょうか」
「どうっと言ってもな……」
何を聞きたいのか分からない、とジェラルドはキョトンとしてクレスティナが差し出してくるティーカップに手を伸ばすが、マリエルが静止してくる。
指を入れて自身の口に運びうなずいて来る。
役割が逆だろうっと突っ込みを入れたくなったが、質問の思惑を考えるのでそれどころではなかった。
「毒なんて入れていませんよ」
「信用できない」
「警戒されたものですね……同じ天界から選ばれし者だと言うのに……」
悲しげに目を細めるがすぐに答えを待つようにジェラルドを見つめる。
「俺は世界のバランスを保つためならば致し方ないと思っている。それは今も変わらない」
「お強い心をお持ちなんですね」
「そんなことはない」
「いえいえ魔王の貴方のことは寿命を全うして天界にいた頃、ずっと見ていました。世界のためならば自身の命すら躊躇なく切り捨てる。そんなことを続けても心が折れないのは強靭な精神力があってのものでしょう」
「寿命を全うか……」
寿命を全うしたということは、ジェラルドが世界を一時的に託すことができると見込んだ数名の勇者に入っているのだろう。人間の身で強力すぎる力を宿したゆえか、勇者は他の人より短命。それでも数十年は魔王のいない世界において圧倒的に魔族への抑止力になる。
「私は、いえ……我々人間は魔族のことを知らなすぎる。それは魔族においても言えることですが。私は貴方を倒した後、魔族の首都を焼き払う気でいましたが……できませんでした。もちろん妨害されたからではなく……」
「そこに生活があったから。だろ?」
アティアの言葉を続けるようにジェラルドが呟くと驚いたように目を見開く。
「はい。その通りです。やっぱり貴方は私の思っていた通り、お優しい方のようですね」
「よせ。俺は何かのためなら誰かを殺すのはいとわないと思っている」
「それでもいままで貴方に殺された勇者に話しを聞くと、全員が口をそろえて気がついたら死んでいたと言っていますよ。相手のことを想ってのことだと私には分かりました」
「偶然だ……」
勇者を見極めた後倒すと決めた際は全力で迎え撃ち、隙をついては一瞬でかたをつけていた。
最後は一瞬でと、自分自身に決めていたことでもあったため見抜かれたことに少々口を曲げている。
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