第2話 魔王と元勇者
魔族の都、デルステリア。様々な亜人種の魔族が住まうこの都は夜の帳が下りようとも街の灯りが消えることはない。種族によっては昼の寝て夜に生活する者も少なくなく、一日中賑わいを見せる。人間、魔族含めて世界中の国にある街ではこの街以上に賑わいを見せる街は存在しない。
そんな街の中央には巨大な城がそびえ立つ。闇に覆われる空の中でも街の明かりが薄っすらと照らし、幻想的な光景をかもし出している。
その城の正門の内部の広場に魔法陣が浮かび上がると2人が姿を現した。
「魔王様!!」
遠くから声が聞こえると城の中から側近の悪魔の大きな翼を生やした大男が走ってくる。それを見るや慌てて少女のフードを頭にかぶせる。
「おい元勇者。それ深く被っていろ」
「はい……」
この世界では人間と魔族は相容れない。魔族領、しかも首都であるこの都に人間がいるとなれば、殺されるか運がよかったとしても奴隷しかいない。いくら勇者の力を持っていようともたった一人では魔族領の中心部から人間の住む場所までたどり着くこともできないだろう。
見た目で言えばジェラルドも人間だが、それは魔力を纏っていない時のみだ。魔力を抑えていない時、平常時のときであっても感じることができる者であれば魔の者であることは理解できる。街にこの姿で下りても特には問題はない。
ただ勇者の力に関しては魔の者は敏感だ。
「ご無事ですか! 勇者は……」
「勇者一行は殲滅した。あと魔王はよせ。もう魔王はマリエルの奴だ」
「無事で本当によかった……」
「平原に配置している軍に知らせて引き上げさせろ。マリエルには俺から伝える」
「はっ! かしこまりました。……魔王様その者は?」
「こいつは……拾った」
ジェラルドは少女を背中に回し隠していたが、フェゴールは背中を覗き込む。
少女はジェラルドの肩の上から見下ろしてくるフェゴールと目が会うと2人して小さく「えっ」と声を上げた。
「貴方は確か……魔王の参謀ね」
「この気配……貴様は勇者か! いや……だが何処か違う……貴様は何者だ」
フェゴールは後ろに飛びのきどす黒いオーラを全身に纏う。
「魔王様! お離れください!」
「待て待て……こいつは元勇者だ」
「元勇者?」
「お前には話しただろう。魔王や勇者がどのように生まれ死んだ後どうなるか」
魔族の連中は魔王は千年間同じ魔王が務め、後継者はその魔王が決める。その程度の知識しかないが、信用できる側近には自分が知りうる全てを明かしていた。
フェゴールが魔王軍の参謀になったのは数百年前。その時に全てを明かしている。
「だからといって、無害とは言い切れません。今すぐ殺すべきです」
「やめておけ……今はこいつらを敵に回したくはない。敵意があるかはまだわからんしな」
少女が口を滑らしたことを信じれば少なくとも10人以上は元勇者の集団がいる。そしてフェゴールのことを知っているのであれば長い魔王生活で葬った勇者の中ではごく最近の部類だ。
勇者の魂は死んだ後、一度天界に上がる。おそらくはそこで転生の時期を合わせようとした者がいたのだろう。どのような企みがあるかは定かではないが、おそらくこの少女よりは頭が回り、かつてよりも腕が立つと考えた方がいい。
「マリエルに報告したら、俺は一度都を離れる。こいつの仲間達と話してくる」
「なっ、正気ですか魔王様!!」
「もう魔王じゃないといっているだろ……それに察しろ。もしも元勇者の集団が人間側に付いたらどうなる」
今の現状を考えれば、勇者のパーティに参加していたのはおそらくは魔王であるジェラルドに接触するためと言うのは想像できる。魔族を滅ぼす気であれば全員参加すれば魔族の軍でさえも蹴散らせることができるはす。わざわざそのようなことをするということは魔族を滅ぼす気はないということだ。
「ならば護衛をお連れください」
「よせよせ。俺はもう魔王じゃないぞ。それに安心しろ。マリエルを残して死ぬ気はない」
「分かりました。その言葉信じさせていただきます」
「では軍の連中への労いは任せたぞ」
ジェラルドはフェゴールの腕を叩くと少女と共に城の中へと入っていく。少女の表情はこれから会う魔王を考えてなのかどことなく硬い。
薄暗い廊下を進み、城に勤めるメイド達は驚くとともに優しげに微笑を向けてくる。
「慕われているんですね」
「人間の姿の俺を笑っているだけだろう」
魔族の者は気配や魔力の感知に敏感だ。人間の姿に成ろうともジェラルドを見間違えることはない。
「マリエル。帰ったぞ。おわっ」
扉を開けるなり、小さな影がすごい勢いでジェラルドの胸に飛び込むとそのまま押し倒した。
「おっ、お前飛び込んでく」
「ジェラルド! 無事でよかったっ! 本当にっ……うっ、ん」
泣きながらジェラルドの胸に顔を埋める。
「心配かけたようだな」
「無茶しないで……」
頭を撫でながらため息をつく。とはいえ警戒は怠らずちらりと少女を見上げるが、少女は呆気に取られている。
マリエルが落ち着くまでしばらくそのままの状況が続く。
「マリエルそろそろいいか」
「うっ、ん」
涙声で返事が返ってくる。
そのことでジェラルドの脳裏には「なぜ」という疑問が強くなった。
勇者を迎え撃つまで数日間、マリエルと話せば話すほど、魔王になった責任感からか固まっていた表情は感情を感じるほどには緩くなったが、本当に魔王が務まるのか疑問が次第に強くなってきたからだ。
魔王は世界のバランスを考えて行動しなければいけない。
時には非常の決断を強いられ
時には自ら勇者に殺されることも辞さなくてはならない
魔王の役目をこんなに他人のこと心配する彼女に務まるのかどうか。
そして、なぜ神はこんな少女を魔王にしたのだろうと
「んでっ、……ジェラルド、この女は?」
「こいつは元勇者で……えっと……」
「そういえば名乗っていませんでしたね。五十年ほど前に勇者をして魔王を殺したクレスティナ・フィーエルです。前の名はエリフォリア・バーデンホルトです」
ジェラルドは頭を抱える。
「どうしたんですか?」
「いや……何でもない」
自己紹介で頭痛を感じるとは今まで長い間生きてきて初めての経験。笑顔で貴方を殺した者ですと言われて。何も感じない方がおかしい。
「俺は知っていると思うが元魔王で、ジェラルド・ベルゼブブだ。それと――っ」
「で?」
ジェラルドが起き上がりながらマリエルを紹介しようとしたがいつの間にか少女に至近距離まで近づき睨みあげていた。
「あの……この子は? 魔王はどちらに?」
「そいつが新たな魔王のマリエル・サタンドールだ」
「えっ、えぇーーーーーー」
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