第1話 想定外の敵
魔王城とフィエル砦の中間地点には平原が広がっている。
月明かりが草を照らし、夜風が吹きぬけている。魔族の大群が平原を埋め尽くすように勇者達を待ち構えている。
そんな中、平原と川に挟まれた森の中で、黒髪の少年は木の上で身を潜めていた。
人間の領地から魔王城へ向かってくるのならば見通しのいい平原を通ってくるか、この森しかない。川は至る所で渦を巻き魔族ですらも船を使って移動しようなどとは思わないためだ。
勇者たちは魔族の軍勢を避けるべく必ず森の中を進んでくる。
「来たか」
掌に展開した魔法陣には、森の中を気配を殺しながら進む人影が映し出されている。
おそらくは勇者御一行だろう。
「よし」
勇者一行が足元を通り過ぎたのを確認すると、最後尾の1人目掛けて切りかかった。
勇者一行の叫び声が上がるが、今更そんなことで罪悪感などない。今は魔王制度に縛られて戦っている訳ではない。自分の意思で戦うことに、誰かを守るために戦えることに嬉しさすらも感じていた。
まずはヒーラを確実に仕留めたことを確認すると、近くの人物との間合いを木を蹴り急速に縮める。
勇者との戦いで重要になるのは回復役と魔法・物理の遠距離後衛の有無。魔王の時は私利私欲に満ちている勇者の場合は全力で迎え撃ったが幾度となく遠距離攻撃と回復魔法のせいで苦戦を強いられた。
パーティ内の立ち位置的にもヒーラーの近くにいるのは確実に魔道士だ。
「さすがに早いな」
目の前に人物を庇うように影が行く手を阻むと、闇に覆われる森の中、金属の光が前方から迫ってくる。
「その攻撃は愚策だな」
剣に魔力を込めての一撃だろうが、こんな森の中ではここに剣がありますよといっているような物だ。その上仲間がやられて頭に血が上って大振り、剣をくるりと体を回しかわす。
そのまま背中を蹴り、木の上まで飛ぶ。
「ダークホール」
魔王使いと勇者との間に小さな黒い球体が出現した。黒い球体は周囲数メートルを削るように、勇者達の姿を飲み込んだ。
ジェラルドは幹に着地するとふらつき木にもたれかかる。
「ちょっと力を使いすぎたか……それにしても弱い……弱すぎる」
魔力と運動能力は魔族の体の時とそんなに大差ない。だが、まだこの体になって数日、おそらくはまだ魔力が馴染んでいないのだろう。
発動した魔法は想定よりも弱かったが、それ以上に戦いの勝敗に驚いていた。
魔王城で待ち構えていた頃でこんなに容易く勇者を屠ることができたことが一度でもあっただろうか。今ままで数十人と勇者と戦ってきたがここまでの快勝は初めてだ。
奇襲の有用性がここまでのものだとは想像もしていなかった。
だが奇襲については考えたことがなかったわけではない。
魔王は最強でなければならない。その文字の意味することは戦い方にも影響する。姑息の手段を使ったとして魔族の名家が魔王の指揮下を離れるとなれば大事だ。
実際隠居した今の立場だからできる戦い方と言うところだろう。
「さてと。天界には悪いが勝手にさせてもらうか」
勝ったとはいえ正確にはもう1人。
おそらくは遠距離の魔道士か物理攻撃の奴がいるが、相手は勇者の力を持たないただの人間だ。
同じ人間でも魔王の力を持つジェラルドに勝てるわけがない。
それが驕りだった。
木から身を出し幹の上で探していると後ろで葉が揺れる音がした。
慌てて剣を向けるが衝撃に木の幹は折れて地面に叩きつけられた。
「くっ、貴様本当にただの人間か」
上に乗られ剣を合わせるが弾くことすらできない。ただの人間にそのような芸当ができるわけがない。
雲から月が出て葉の隙間から月明かりが降り注ぐと2人を照らす。
真上には茶髪の少女が目を見開く。
「って人間……。なんで人間が私達に……いや。……まさか……この魔力。本当に……」
少女は剣を引くと後ずさりして放心してジェラルドを見つめる。
(なんだこの反応……まぁいい)
「俺は……魔族に遣える者だ。死にたくなければ立ち去れ」
元魔王だといっても信じないだろう。適当に追い払おうとしたが、少女は驚いた表情でこちらを見たまま固まっている。
(どうする。やっぱり始末しておくか。さっきの一撃。勇者の力に匹敵する。このまま放置しておいても危険が増すだけか)
「そうか、なら命を頂こう」
ジェラルドは手に持つ剣を構えると刀身が漆黒に染まりあがった。
「魔王制度」
「――っ。なぜそれを!」
「魔王。いえ元魔王。私と一緒に来ていただけませんか?」
今度はジェラルドが目を見開き固まる。魔王制度を知るものそれは現魔王マリエルと自分。そして先代の魔王。あとは……。
「まさか貴様。元勇者か」
少女は小さくうなずく。
勇者は死んだ後、再度の転生を行なうことができる。その時に魔王制度については聞くことになるとは知っていたが……。
「何が目的だ! 俺への復讐か。 わざわざ殺されに行くほど愚かではないぞ」
「違います。私達は魔王制度をなくしたいと思っているんです」
「私達?」
「あっ」
少女は口を押さえる。
「魔王制度をなくしたいと言ったか……具体的にはどうするつもりだ」
「それは分かりません」
「は……」
「だっだから知恵を借りたくて、私達は転生する時期を合わせたんです。私は700年前にあなたを討伐させていただいた勇者です」
「700年だ?」
ジェラルドと同様に勇者たちも生前の魔力や生物としての生態波動は同一の物を引き継いで入るが、何十人も勇者と直接相対してきているため覚えているわけがない。
「今回の勇者パーティに加わったのは魔王の任期が終わる直前だったので貴方と話しをさせてもらいたくて」
「その私たちというのは何人いるんだ」
「私含め10人ちょっとですね……あっ」
(こいつ馬鹿なのか……)
明らかにこちらの質問に答えた後にまずかったかなという顔をしている。
目の前で様々な情報を聞いてもいないことをペラペラと喋る少女が何か隠し事をできるとは到底思えない。しかし誰かが手を引いている可能性もある。
だが、元勇者の組織は現状考えられる最大の脅威だ。罠であったとしても全員がその場にいる可能性はある。もしも魔王に危害を加える気ならば一掃する最大のチャンスの場だ。
「分かった行こう」
「本当ですか!! よかった。皆喜ぶと思います」
「だが待て。まずは勇者の始末したことを魔王に報告しなければならないからな」
「魔王……あの……私も行ってもいいですか。今の魔王がどういった者か見ておきたくて、それに貴方と協力していると言うことは人間に敵対的というわけでもないんですよね?」
「いいだろう。妙な真似をすれば分かっているだろうな」
「何もしませんよ。ただ会いたいだけです」
「ならばいい。手を出せ」
「へっ……」
ジェラルドは少女の腕を握り締めると少々頬を染め上げた
足元には魔法陣が現れ、2人の姿が掻き消えた。
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