魔王を辞めたのに元勇者たちがしつこいのだが

宮野ほたか

プロローグ 魔王の交代

「魔王様!! 魔王様!!」


薄暗い廊下を慌しく走る紅色の翼を生やした悪魔がいた。悪魔は一室に飛び込むと膝を付き見上げる。

目の前には階段があり、最上部には周りに青い炎の松明が燃え上がっている。そしてその玉座には鎮座するマント姿の角を生やした男がいた。


「何だ騒々しい」

「勇者にっ、フィエル砦を突破されました」

「そうか……ここにくるのは数日といったところだな」


玉座の肘掛に肘を付き、神妙な眼差しで壁にかかっている悪魔の装飾を施されている時計に目をやる。秒針が時間を刻み全ての針が一つに重なり日付が変わる。


「報告ご苦労。哀れな勇者め。我が闇へと葬ってくれよう……我に任せ貴様は持ち場に戻れ」

「はっ!」


悪魔が部屋を出て行くと、玉座の男の表情が一気に緩んだ。

そして天井を見上げ放心して口を開けた。


「本当によく千年もの間。この芝居を貫けたな。何が我だ、闇に葬るって何だ馬鹿々々しい」

「芝居など打つ必要はありませんよ。魔王様が魔王である以上我々の忠誠は変わりませぬよ。魔王であられた事実がある限り私は貴方様への忠誠は消えませぬ……本当にお疲れ様でした」


そばに控えていた一本角を生やした紳士が膝をつき胸に手をつく。

それを見て微笑みを送るが、その瞬間、部屋の中の様々な物の色味が薄くなった。


「魔王様!」

「落ち着け」


悪魔は立ち上がり周囲を警戒するが。男はそんな悪魔を制止する。

窓から暖かな光りが差し込んできて強くなってくるその光に視界を奪われる。光が収まると

銀色の神、純白の布に身を包み背中には大きな白き翼を持った女性が立っていた。


「千年間の魔王の務めご苦労様でした。今任を解きましょう」

「ようやくか……」


現れた天使は男に手を翳すと男の体の周りに光が舞う。


「魔王様……?」


悪魔の目の前には先ほどの大きな体の魔王の姿はなく。人間の少年の姿に変化した魔王の姿があった。


「悪くない」


自身の体を見て、両手を握り締める。


「願いはありますか? 神に願いを聞き届けましょう」

「特にはないが。今から2千年の時間、俺に干渉するな」

「かしこまりました。その願い聞きいれましょう。ではこの者に引継ぎを」


天使の体が光りに包まれ、光が収まると少女が立っていた。


「なっ、どういうことだ!」


周囲の結界は消え、天使と入れ替わるように現れた少女を見て声を上げた。

自身の後任の魔王だろう。だがその姿は今までの自分の魔族の姿とはかけ離れていた。

服装は魔王といった趣だが、身体つきは華奢で純白な手足が伸びている。大きな目で見上げてくるその目つきには愛らしささえ感じる。


「私はマリエル・サタンドール。貴方が先輩ですね。詳細を」


淡々と引き継ぎの詳細を要求してくる少女に呆気に取られていたが、玉座を離れ階段を下りると少女を見下ろした。


「俺は……ジェラルド・ベルゼブブだ……」


自己紹介に返すが間近で見れば見るほど魔王とは程遠い姿に見入ってしまっていた。

そんな姿に少女は首を傾げて見上げてくる。


「あっ、ああ……すまない。魔王制度については知っていると思うから現状を説明するぞ」

「はい」

「フィエル砦を突破され、数日後にはこの城に勇者が来る。俺の見解としてはこの勇者なら問題ない見込みだ」

「そうですか……」


少女の手は急に震えだした。


この世界の争いを最小限にするため天界によって最強の存在とされる超越者を魔王として送り出す。

総称は魔王制度。魔族の王として世界を監視しバランスを保つ。そして天界は神の力を人間へと与えている。それは勇者と呼ばれ魔族から人間を守るために戦い、信仰心が強い人間たちが神の力を人間へと顕現させ誕生する。


そしてその勇者を見定めることも魔王制度に含まれる。

私利私欲が少ない勇者に自身を倒させ、魔族の脅威を一時的になくすことも魔王制度のシステムの一つなのだ。。


勇者が寿命を終えれば復活できる仕組みだが、死を迎える際の恐怖や痛みはどんな生物も共通の物だ。


「死ぬのは痛いですか……?」


魔王だった頃、計7回勇者に倒された。最初の1回だけは恐怖は計り知れない。天界に超越者として選ばれる前は普通の人間だったのだから。魔王の魔力ならば感情を制御することも可能かもしれないが、自分自身の魔法耐性がそれを邪魔する。

こればかりは慣れるしかない。


「大丈夫だ。すぐ慣れる」

「そうですか、でも人に与えなくても済むのなら我慢します」


目に涙を浮かべ悲しげに笑顔を作り見上げてくる。

それを見て舌打ちをした。

魔王は死んだ人間からふさわしい者を選び転生させる。勇者とは異なり、魔王の苦労は身を持って体感してきた。自身の感情を押し殺し世界のバランスを見極める必要がある。非常な決断を強いられることも日常茶飯事。先代から引き継いだ時も先代は解かれた任に感情が堰を切ったかのように涙となってあふれ出していた。

魔王になった直前から、こんなに自分を犠牲にしようとしている少女に耐え切れるのだろうか。


「安心しろマリエル。俺が全て引き受けよう」

「えっ」

「お前は魔王城でお茶でも飲んで過ごしていればいい」


少女の頭をぽんと触って歩き出す。


「フェゴール。剣を持って来い」

「はっはい。魔王様」

「魔王はよせ。もう魔王はマリエルだ」

「では大魔王様とお呼びさせていただいても?」

「大魔王……勝手にせよ。いや、勝手にしろ」

「はっ」



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