1978年その3 赤いこうもり傘

 書誌データ

 1978年6月ソノラマ文庫

 1983年6月角川文庫

 2003年2月岩崎書店 赤川次郎ミステリーコレクション7

 2012年7月徳間文庫


 才気活発な音楽少女、島中瞳が活躍する今作は最初に発表された媒体がソノラマ文庫であることからも分かるように、明らかに十代の少年少女、というより少女に向けて書かれた冒険小説である。

 物語は高名な交響楽団から高価な楽器が盗まれ、犯人たちから一億円の身代金が要求される。通っている学園のオーケストラでヴァイオリンを担当している瞳は偶然事件に巻き込まれ、英国の諜報員と共に事件解決に向けて活躍する、という話。

 その英国諜報員と敵対するのが「伯爵」という異名を持つ殺し屋と来ているのだから、割と荒唐無稽な赤川次郎作品の中でも荒唐無稽度が高い作品ではある。ひねくれていない真っ当な荒唐無稽さと言うべきだろうか。

 逆に言えば十代から遠く離れた中年男性である筆者のような人間には、かなり向いてない内容だと正直に言わなくてはならない。

 だからといって見るべきものはない、というのはあまりにも杓子定規に過ぎるだろう。部分的にはさすが赤川次郎だと思わせる所はあるし、主人公の瞳の物語での振る舞いは、当時の少女向け小説ではかなり特異だったのではないか。

 何が特異かというと、瞳は諜報員のジェイムス(あまりなネーミングである)と、事件に関わる裕二という青年に好意を持つのだが、それは三角関係とか二人の間で揺れ動くとかいう事ではなく、両方好きで両方に好意を持つこと自体をしっかり「楽しんでいる」のである。もし主人公が男性でこの構成だと反感を持たれかねないのだろうか。

 この先赤川次郎作品には数えきれない女性キャラクターが登場するが、善人にしろ悪人にしろ老いも若きもすべからく「恋愛に極めて前向き」というかいっそ享楽的ですらあるが、瞳はその先駆者と言えるだろう。

 また諜報員ジェイムスと「伯爵」の関係の顛末も、設定の浮世離れぶりからは想像がつかないものになっている。「死者の学園祭」同様、赤川次郎が子供向けだからといって容赦するわけもなかった。

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赤川次郎アーリーデイズ100完全版(仮) さかえたかし @sakaetakashi051

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