1978年その2 幽霊列車
書誌データ
1978年6月文藝春秋
1981年8月文春文庫
2008年4月ポプラ社赤川次郎セレクション3
2016年1月文春文庫新装版
表題作の短編「幽霊列車」は、赤川次郎の正真正銘のデビュー作である。表題作および収録作は「オール読物」に掲載された。
鮎川哲也がアンソロジー「見えない機関車」に収録しようとしたが、当時まだデビューしたての作家の表題作を録ることを申し訳ないと思いと断念したが、後に「無人踏切」に収録されている。本格ミステリの大家がアンソロジーに収録したいと思う程の出来だったという何よりの証左だろう。
「幽霊列車」では語り手の宇野警部も、探偵役の永井夕子も強烈な個性を与えられていない。走行中の列車から乗客が消えてしまったという「人間消失」トリックを扱っているが、それよりも事件が起こった原因の方にインパクトがある。
デビュー作ということで巻頭の「幽霊列車」のみが有名だが、実はそれ以外の収録作の完成度が高い。デビュー後の作品だから当然と言えば当然なのだが。
二作目「裏切られた誘拐」では我々の知っている赤川次郎度が高くなったという印象。つまりテンポが良くユーモアがあって読みやすくなった、という事である。誘拐事件を取り扱っているが、謎解きがちりばめられ、後味の悪い結末ながらそれを払しょくするユーモアのあるオチも最後に用意している。宇野警部の語り口もユーモラスなものに変わり非常に読みやすくなった。真面目で堅苦しい中年男性が若い女性に振り回される様子が一人称で語られるミステリ、という形式に既視感があるなと思ったが、「牧師館の殺人」のレナード・クレメント牧師である。
三作目「凍りついた太陽」になるとさらにミステリ度が上昇。真夏のリゾート地でゆすり屋が凍死していた、という話。凍死の原因自体は容易に思いつくが、肝は「なぜ凍死したのに死体は凍ってなかったのか」のという部分の謎への解凍ならぬ解答。これは上手い。全体的な雰囲気といい、赤川次郎の短編には海外のユーモア・ミステリに通じるものがある。
四作目「ところにより、雨」は収録作でも一押しである。晴れた日に大学の書庫で死体が発見されるが、なぜか死体は傘を持ち、長靴を履き、レインコートを着ていた。さらにそれ以降も次々傘を持ち長靴を履きレインコートを着た被害者の殺人が起こる。今作はこの奇妙極まりない”被害者たちがなぜ雨具を着ていたのか”の謎解きがとてもしっかりしている。短編にまとめたのが惜しいくらい。赤川次郎はこんなにも「本格」だったのだ、というのはミステリ好きの未読者にはかなりの驚きがあるのではないだろうか。
五作目「善人村の村祭」はこの本の収録作の中ではミステリ度は落ちる。むしろこの後赤川次郎が多くの作品で描く「人間の怖さ・おぞましさ」の先駆けと言った方がいい。事件がなぜここまで大きくなってしまったかを最後説明する夕子の推理はゾっとする。
「幽霊列車」に対する率直な印象は、事前の想像よりはるかにミステリしているという物だった。特に「裏切られた誘拐」「ところにより、雨」はアンソロジーに収録されてもおかしくない印象だと思った(これは筆者の無知で、新保博久先生(@oldmanincorner)よりTwitter上で『「ところにより、雨」は新潮文庫『昭和ミステリー大全集(下)』に採られております。)との指摘がありました)
今短編集は赤川次郎に対するある種の偏見を持つミステリファンにとってまさにうってつけの本ではないだろうか。
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