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「まぁ、試されたのだと思います。本当に単なる古物商が、いわくを解き明かす過程で事件を解決してしまうのか。その辺りを探るために今回の依頼をしたのでしょう。しっかりと査定手数料はいただきましたので、それが創作であろうと関係ありませんが――。むしろ、創作であるほうが良いです。誰も傷ついていなければ、死んでもいないわけですから」
千早はそこで言葉を区切ると葛切りに手を伸ばす。いまだに魂が抜けている一里之に向かって「この時期はすぐにぬるくなりますから、冷たいうちにどうぞ」と麦茶を進める。一里之は一気にそれを飲み干すと酔っ払いのような声を漏らす。気分はヤケ酒といったところか。
「しかし、物好きがいたものですねぇ。その、査定手数料だって決してお安くはないでしょう? それを支払ってまで、どうして試すような真似を……」
これまで何度となく査定手数料を払ってきた身分の班目からすれば、わざわざ事件をでっち上げてまで千早に事件を依頼するのは物好きとしか思えないのであろう。実際、しっかりといただくものはいただいた。査定額のおおよそ半額――などという生ぬるいことはせずに、しっかりとそれ相応の金額を請求し、店の口座に入金してもらう形をとった。すると、竹藤――という偽名を使ってまで接触してきた作家とやらは、入金の報告をするのと一緒に、おそらく真の目的であろうことを切り出してきたのだった。
「――ここをモデルにした作品を書きたいそうです。ホームページで店の存在を知ったのでしょうが、古物商が事件を解決する設定が気に入ったらしく、可能な限りリアリティーを追求したいとのことでして」
偽名を使い、創作で事件をでっち上げてまで査定を依頼してきた作家の目的は、どうやらこの猫屋敷古物商店をモデルにした作品を書くためらしい。差し支えなければ、これまで携わってきた事件の中で面白いものがあれば教えて欲しいとまで来たもんだ。その連絡をもらった時は呆れてしまって溜め息しか出なかった。
「ほぅ、この店をモデルにした作品ですかぁ。となると、もしかすると私なんかも――いいや、それはあまりよろしくありませんねぇ。私はそんなつもりはないのですが、見方によっては毎度私がいわくの品を持ち込むという理由をつけて、この店に事件の解決をお願いしているみたいになってしまいますから」
みたいになってしまう――ではなく、実際そうである。それは両者の間で暗黙の了解となっているのだが、どうやら正式に認めたくはないらしい。
「いいんじゃないですか? 創作物の中には、ごく一般人に事件の捜査内容をペラペラと喋ってみたり、素人が首を突っ込んでいるのに注意ひとつすらしない刑事が描かれていたりしますから。きっと、創作物の中は創作物だと割り切ってもらえますよ」
よくよく考えてみれば、いわくという特殊なものを取り扱い、それを査定して買い取る――なんて古物商もまた、いかにも創作された設定のようではないか。それらをモデルにしたいというのであれば、ちょっと読んでみたいような気もする。
「ってことはぁ、作中に俺も出てきたりするわけぇ?」
いまだに魂と生気が戻らぬ一里之は、なんとも間抜けな声で問うてくる。
「それは、書かれる方次第でしょうけど――まぁ、決して安くはない査定手数料をいただいたわけですし、もしかするとお店の宣伝になるかもしれませんから、あちらの申し出を飲むつもりでいます」
ホームページを作成してもらい、そのホームページをきっかけにして出来た縁だ。少しは店の宣伝にもなるだろうし、悪くはない提案だと千早は思っていた。
「ちなみにあれですか? 紙媒体で出版されるのですかねぇ?」
班目の言葉に千早は苦笑い。小さく首を振ると「いえ、ウェブ上での公開です」とぽつり。一里之が少し溜めを作ってから「――なんだよぉ。ウェブかよぉ」と、大きく溜め息を漏らした。早く魂が戻ってきて欲しいものである。なんだか、今日の一里之は扱いにくい。
「まぁ、最近は大手のウェブ小説サイトも多いですからねぇ。モデルとして書いてもらえるのであれば、現実よりも格好良く書いてもらいたいものですねぇ」
実際のところ、この店をモデルにしたところで、どんな作品になるのかは分からない。ほんの少し怖いような気もするが、しかし怖いもの見たさというか、どんな風になるのか気にもなる。
「実際に班目様が登場するかどうかはあちら次第ですし、私達が口を出せることでもありませんから。その辺りは実際に公開されてのお楽しみ――というところですね」
空になった班目と一里之のグラスに麦茶を注いでやる。夏もあと少しで終わり、今度は秋がやってくる。
「ちなみによぉ、どこのウェブ小説サイトで公開されるとか、もう決まってたりするのか?」
魂は抜けていても、もしかすると自分も作品のモデルになるかもしれないという期待みたいなものがあるのだろうか。一里之が気の抜けた声で問うてくる。
「さぁ? その辺りのことは全く知りません。詳しいことは、また連絡が入ると思いますが」
千早が答えると、今度は班目が問うてくる。
「ちなみに、その作家さんのお名前は?」
竹藤というのは便宜上の偽名であるが、ある意味ペンネームというのも偽名である。支払いの都合で本名も聞いていたから、そちらのほうをぶちまけてやろうかとも思ったが、ぐっと堪えた。
「えっと、その作家のお名前は――」
雪深い妻有郷という街の、さらに市街地からは峠をひとつ越えた先にある集落。道の駅が出てきたら、ぜひともまずはそこに寄って、豆大福に手挽きのコーヒーで一服して欲しい。行楽シーズンになると、あっという間に豆大福は売り切れてしまうから、もしその地を訪れるのであれば、わざとシーズンを外したほうがいいだろう。一応、観光地ということもあり、シーズン中は非常に混み合うし、豆大福も午前中には売り切れてしまう。ただ、それに合わせてお店にも向かっても、そもそもやっていない可能性がある。この作品のモデルとなった彼女は、現在高校3年生となっており、昼間は高校に通っているだろうから。
シーズンを外して、可能な限り夕方近くに道の駅で一服したら、国道を挟んで道の駅の真反対にある集落へ入る。道が二手に分かれているが、脇に入る道は避けて道なりに進めばいい。本当にこんなところに商店があるのか――と不安になるほど、穏やかな光景が広がるが、心配することはない。誰もが同じような不安を抱くことだろうから。それほどまでに、あの辺りは
目印は郵便局だ。看板のデザインはきっと全国共通であろうし、住宅街に突然現れるから、誰にでも見つけることができるだろう。郵便局を通過したら、左手のほうへと注目。しばらく行くと猫屋敷古物商店の看板が見えるはずだ。そこで降りてしまいたくなる衝動を抑えて、その先にある集会所の駐車場に車を停めよう。
そこから先は運任せ。運が良ければ店が開いているだろうし、彼女が出迎えてくれることだろう。ただ、品物を持ち込むのであれば、本当にいわくのあるものでなければならない。そうでなければ、嘘は簡単に見破られ、安く買い叩かれてしまうことだろう。まぁ、彼女に会うことが目的なら、それはそれで構わないが。
――猫屋敷古物商店。店を開ける日はもちろんのこと、営業時間も全て気まぐれの古物商店。その店は、今日も日本のどこかで、新たないわくを待ち望んでいることであろう。
【猫屋敷古物商店の事件台帳 第1部 ―完―】
猫屋敷古物商店の事件台帳 鬼霧宗作 @onikiri-sousaku
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