第2話 異変発生
「初めから思っていたんだけど、爺さんの料理は味付けが薄すぎるんだよな」
そう言いながら、ジャンはフライパンを振るう。彼は軍付き調理師だ。半人前ながら、手際よく調理をし、僕達の前に皿を並べた。
「胡瓜を油で炒めるとは・・・」
お爺さんは恐々、彼の郷土料理に手を伸ばした。ジャンが心配そうに覗き込む。
「うむ。美味い」
「だろ! 胡瓜やトマトは生だけでなくて、加熱しても美味いんだ。爺さんも一人で畑をやってるなら、野菜は余りまくるんだから、美味しく食べる努力をしなきゃ」
にっこり笑ってフライパンを洗い始めた。マックは書架に沢山ある本を静かに読んでいた。銃弾は骨に当たらなかったし、何しろ手当が良かったのだろう。傷口の化膿も治り、一人で歩くこともできるようになっていた。
僕は、この一週間でお爺さんから、簡単な応急処置の方法を教えて貰った。軍の施設で学んだことと同じだが(違っていたら大変だけど)、説明が分かりやすいと言うか、大元を教えてくれるというか、一度聞いたら納得出来る事ばかりだった。
すごく頭の良い人なのだろう。僕達がただ、泊まりを重ねていることを引け目に感じないよう、家の修繕や家事を手伝わせてくれた。
銃声の聞こえない、静かな夜にお爺さんは言った。
「彼の傷も一段落した。もう軍に戻っても大丈夫だろう」
僕達は顔を見合わせた。これまでに話し合っていたことをお爺さんに伝えた。
「これまでありがとうございました。ではこれより、本隊に復帰します。そこでお爺さんに提案があります。お爺さんと、この家を北軍の軍属扱いとして登録させていただけないでしょうか?」
「どうしてだね?」
「登録すれば、少なくとも北軍からの略奪は防ぐことができます。また終戦後、南軍に勝利した場合に限りますが、登録料として年金支給を受けることができます」
将官の従卒であるマックは軍の規約や式たりに詳しい。寡黙な彼から提案を受けて、この話をまとめた。南軍からの略奪に対して何の効果もないが、辛うじて支配地であるこの辺りで、乱暴を働く兵隊が多いとは思えない。
「ありがたい話だが断る」
「どうしてですか?」
「引退したとはいえ、私は医師だ。怪我人は北・南軍どちらにも出る。君たちを助けたように、南軍の負傷者が立ち寄れば、私は手当を行うだろう。だからだ」
「だって、このままじゃ問答無用で、やられちまうかもしれないんだぜ。看板を立てるわけじゃないだから、南軍が来た時は黙っていればいいじゃん。爺さん、頭いいのに、固すぎるんだよ」
椅子から立ち上がったジャンが、叫んだ。
「戦争が終わったら、また飯を作りに来てやるから! 俺たちは爺さんにそれまで生きていて欲しいんだよ」
「私が医師として現役の頃、君達の年代は子供で通っていた。しかし君達は違う。優しい両親や学友と過ごすべき時間を、信じる思想のために捧げ、命懸けで仕事をする一人前の大人だ。
だから、大人同士の話として聞いてほしい。私は引退したとはいえ、医師だ。医師の仕事は人を救うことで、人には北軍、南軍の区別は無い。」
「・・・・」
マックは、おじいさんを無言で見つめ、やがて僕たちに首を振った。ここでこの提案を受け入れて貰えることはないとの判断だろう。
「了解致しました。これより我々は北軍第3部隊に帰隊いたします。これまでのご奉仕、ご協力に感謝いたします。」
僕達は敬礼を行なった。お爺さんは略式礼で返礼する。夜間ではあるが僕達は、お爺さんの家を後にした。
部隊を探し夜の道を歩き始めて、10分もしないうちに異変に気付いた。路上に昆虫や鳥が道に大量に転がっているのだ。
「何だこれ?」
ジャンが近くの小鳥を拾った。
「・・・死んでる」
マックはハンカチを取り出し、口元を覆った。僕たちにも同じようにするように指示する。
「これは・・・ ガスか細菌兵器の可能性がある。先に進むのは止めよう」
「じゃあどうするのさ」
「とりあえずお爺さんの家に戻って、助言をもらおう」
僕たちはそういって、来た道を戻り始めた。
お爺さんに報告すると、ジャンは痛いくらい念入りに手を洗わされ、アルコール洗浄を受けた。僕たちも風呂に入り、徹底的に体を洗った。
「空を飛ぶ鳥や昆虫の死骸が、沢山落ちているということは、細菌兵器よりは毒ガスを疑った方がいいのだろうな。どちらにしても手持ちの薬品などで対処できない。様子を見に行ってくる」
「僕たちも着いていきます」
「いや何、様子を見るだけだから、家で待っていなさい」
お爺さんは一人で家を出た。30分もすると帰ってきたけど、顔色が悪かった。
「毒ガスだ。おそらく臭いからして塩素系の」
マックが立ち上がった。
「北軍の幕僚に報告する。何かできることがあるかもしれない」
「よし分かった。マックは友軍を探してくれ。僕たちはお爺さんとできることをする」
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