仰ぎ見る巨人
@Teturo
第1話 お爺さんとの出会い
小さな塚の前に、用意した花束とチョコレートを置いた。しばらく考えてから、僕はチョコレートだけ拾い上げた。
「アリに喰わせてもいいが、勿体ないだろ。お前が喰うか、近所の子供にでもくれてやれ」
そうお爺さんに言われた気がしたからだ。草生した平原の先に広がる青空をしばらく眺めた。
遮蔽物であった森林を抜けた。サイズの合わないヘルメットが視界を遮る。先行した本隊と逸れ、三日目。持参したレーションも尽きた。重装備に加えて、負傷したマックに肩を貸し、フラフラしながら索敵行動に移る。
その時、突然背後から大声が降ってきた。
「こら! そこにはイモが植えてあるんだ。バタバタ踏み荒すな!!」
僕は、その場で小さく飛び上がった。驚きのため指にかけていたライフルの引き金を、危うく引くところだった。実際問題、僕の近くにいたジャンも銃口を上げていたから、火線上に僕がいなければ撃っていたかもしれない。
僕達の視線の先には、鉤鼻のお爺さんが飄然と立っていた。白髪混じりの堅そうな髪の毛に太い眉毛。その下に光る頑固そうな瞳には僕達3人が写っていた。
「大変申し訳ありません。僕達は北軍第3部隊の者です。負傷兵を回収後、本隊と逸れてしまいました。近くで部隊をご覧になりませんでしたか?」
お爺さんは片方の眉毛だけ上げて、僕を見つめた。
「見とらんなぁ。だが南軍も見とらんから、首都に近い東側におるんじゃないか?」
「・・・ありがとうございました」
僕達は良く見ると畝のようになっている畑を避けて、東に向かい始めた。
「まぁ待て。お若いの」
お爺さんは、首から下げているタオルで汗を拭きながら、僕たちに話しかけた。
「ちょっと儂の家で休んで行きなさい。怪我人もおるようだし」
その声を聞いた瞬間、僕とマックは崩れるように地面に尻餅をついた。ジャンは後ろを向いて空を眺めていた。ひょっとしたら泣いていたのかもしれない。
「どうした? 毒は入っていないぞ」
食卓に並べられた質素だが暖かい食べ物。軍の教科書では、敵性地区における現地人との食事は絶対に避けるべきと書かれていた。お爺さんは肩をすくめると、自分のスープを食べ始めた。
「この皿のスープなら、食べられるかな?」
一口食べたスープを、僕の前に置いた。ものすごい葛藤。このまま食べなくても、後、数日で餓死してしまうだろう現実。僕とジャンは顔を見合わせた。
「肉ばかりでなく、野菜も食べなさい」
毒味のつもりで一口食べたら、もうダメだった。僕とジャンはスープとパンを夢中で胃袋に放り込んでいた。左足を撃ち抜かれていたマックは、傷口を消毒後、丁寧に縫合され横にされていた。
「君は少し休んでから、薄いスープだけ飲みなさい。内臓が疲れているから、急に食事をするのは体に良くない」
驚いたことに農家だと思っていたお爺さんは、引退した医師だった。僕達に食事を摂らせてくれる前に、驚くべき手際でマックの応急処置を行った。
中等部から新米衛生兵になった僕には、止血と消毒位しかできない。その止血も訂正された。
「ただ力まかせに止血し続けると、その先が壊死してしまう。30分に一度は止血帯を緩めなさい。そうしないと、左足をなくすことになる。まぁ死ぬよりはマシだろうが」
お礼を言う前に、満腹になった僕達は、酷い過労のため食卓で泥のように眠ってしまっていた。
「お兄ちゃん! そんな所で寝るのは行儀悪いよ!」
食卓で寝るなと、口うるさい妹に怒られた。父親と母親の笑い声に、僕は渋々ベッドへ移動しようとした。
その時、肩にかけられていた毛布に気づく。ここは家の食卓ではない。ああそうだ。もう家族はいない。全員死んだんだ。慌てて小銃を探す。
「まだ夜明け前だ。目が覚めてしまったかな」
淡い燈の下、お爺さんはマックの包帯を替えているところだった。彼の紙のように白い顔色に赤みがさしている。
「お爺さんは一人暮らしなんですか?」
「妻は随分前に亡くなった。それからは、ずっと一人だ。君は幾つになるんだい?」
「15歳です」
「・・・戦局は、そんなに悪くなっているのか」
「いえ。僕達は家族を南軍に殺された孤児です。志願して兵役についています」
「・・・友人達も良く寝ている。君も、もう少し休むといい」
小声でお礼を言い、僕はもう一度、目を閉じた。
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