ひとつテントの中で

糸花てと

第1話

 小さな庭に、幼女が走り回っている。なんにも無いのに楽しそうだな。ん? あのもぞもぞ動いてるのは?


「お、カタツムリだ」

「かたつむり?」


 植木鉢の縁を、ゆっくりゆっくり進んでる。俺の真似をして、幼女もじーっとカタツムリをみつめた。触角なのか目なのか、あれを切って再生するのは何だったっけ。ナメクジ? 土の湿った匂い、空気の湿った匂い、雨でも降るかな。


「真矢くん、かたつむり触れる?」

「バイ菌ついたら怖くない? 見とくだけにしようね」

「はーい」


 とまぁ、良い具合に言ったが、虫全般、触りたくない。危ないこと、厄介ごとからは事前に離すべし。――…ぽつ、と頬に何か当たる。


「わぉ! ふってきたぁー」

「濡れるから家入ろう」


 縁側をよいしょと上がる、可愛い。靴も小さい、可愛い。勢いのまま奥へと走っていった。


「真矢くーん、とどかないー」

「はいはい、どうした?」


 手を洗いたいのに、蛇口に届かない……もう、ぜんぶ可愛い。


「よっこいしょ、これでどう?」

「あ! できるよ」


 ちっちゃいから体重も軽いし、案外大人しいし、子守り余裕じゃないか? 姉貴の友達の子ども。結婚式へ行ってくる間、その間だけ預かる。

 家に入り手を洗ってるうちに、外はどんより暗くなっていた。窓に打ち付ける雨粒も大きく思う。


「かみなり、鳴るかな?」

「んー? 大丈夫だよ。ママも、夕方までにはって言ってたし。それまで一緒に待ってようね」

「うん!」


 さてと、昼の準備だ。「温めて出すのよ~?」と姉貴は言うだけで、出掛けた。既にセットされてるはずだし……ほら、キッチン前のテーブルに置かれてた。ん? ピーマンの肉詰めか。


「あ、ぴーまん」

「彩芽ちゃん、ピーマン苦手?」

「平気だよ?」


 一瞬焦ったわ、平気なら喜べよ。

 向かい合っての食事。口へ入れようと運ぶけど、寸前で皿に落ちた。ずーっと見てられる。小さい兄弟が居たら、こういう感じなんだろうか。もしくは結婚して子どもが出来たら。


「真矢くんが、あやのパパだったら、毎日こんな感じかな」

「ん? パパと遊べないの?」

「あやのパパ、お仕事忙しいんだって」

「そっか。まぁー生きてくうえで、お金は大事だからね」

「お金……おかねって、これ?」


 丸い形、複雑な見馴れない模様が描かれた、それは。


「それ金貨じゃね? 確かに昔は、それだったと思うけど……スッゲェ、金色の折り紙で作ったの?」

「本でみたの!」


 子ども向けの、かな。興味があったのか、理由はなんであれ凄いな。彩芽ちゃんが持ってきてた本を一緒に見て、録画にあった映画を見て、気づけば約束の時間帯。


「あめ、やんでないね」


 窓に流れる滴を、指で追いかけていく彩芽ちゃん。半分ほどカーテンをしようと手をかける、ほんの一瞬庭がよく見えたかと思うと、雷鳴が響いた。


「こわい~」

「早めに雨戸閉めとけばよかったな。やってくるから、カーテン閉めといてくれる?」

「真矢くんと離れたくない」

「窓一枚挟んで、向こうに居るだけだよ」


 灰色のTシャツが雨に濡れ、色が変わった。そうだ、姉貴はどうしてるだろう、メール入れて駄目なら電話だな。


「まっくら~、真矢くん濡れてる」


 タタタッと駆けてきては、俺に抱きつく。送ったメールに返信がきたのか、ポケットの中で震えるスマホ。なるほど、ホテルに泊まると。交通機関が途中で停まったら面倒だもんな。


「なに見てるの?」

「ママ達、ホテルに泊まるって」

「帰って来ないの? やだぁー」


 ヤバい、言うべきでは無かったか、今にも泣きそうじゃないか。どうしよう。ふと、腰の辺りがうるさくなった。「お腹すいた」と彩芽ちゃんが言う。空腹の音か。


 ……麺茹でる前に野菜入れたから、柔らかいとは思うけど。ラーメン、はたしてこれで良かったんだろうか。料理をやってこなかった事を、ここで後悔するなんて。雨の音、雷の音をなるべく避けようとテレビをつけた。ちゅるっと口に入れて、にっこり。彩芽ちゃんの笑顔に救われる。


 さっさと風呂に入って寝るのが良いよな……一緒に? でもさ風呂でなんかあったら、女の子だしなぁ。小さいとはいえ、親を通じてこの日の事を聞いたら……。この状況で、男女逆にしてみろ。ふつうに入る流れになるんだろうな。男ってなった途端に犯罪に近づくのは何故なのか。


 と、アレコレ気にしていた不安はあっさり解消された。基本的には洗えるらしい、おぼつかない感じだったけど。シャワーとかは補助した。もう少し成長したら、大きめのTシャツを着せたいかも。だぼっとして可愛いはずだ。


「……雨こわい」


 雷は落ち着いたようだけど、雨の降りがきついもんな。さて、どうするか。


「テントの中で寝てみる?」

「テント!?」


 アニメに出てくるキャラを真似て、バイト代を貯め、買ったものだ。キャンプ初心者には持って来いの大きさで、組み立ても簡単。あの時は高校生だっけ、懐かしい。


「わぁー、テントすごーい!」


 リビングにどん! とテント。俺の私物、置いてて良かった。珍しく姉貴の家へ呼ばれるから何事かと思えば、子守りしてだから戸惑ったが……何だかんだ楽しい。姉貴の部屋も物色、ぬいぐるみ借りるぞ。あと確か、プラネタリウムが観れるものがあったはず。


「わぁ、星!?」


 兄弟で使ってた頃を思い出すなぁ。お小遣い出しあったはずなのに、ほとんど姉貴のものだった。テントの中から部屋の天井に映し出された星を眺める。しばらくお喋りだったのが、寝息に変わった。ホッとしたことで緊張の糸がゆるみ、瞼が重い。そっと頭を撫でた。また明日、ママが帰ってくるまではふたりきり。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとつテントの中で 糸花てと @te4-3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ