帝国憲法第六条/同盟国

 アリコーンの一撃でわずかながらも怯んだ敵陣。連中は広がる動揺を払拭し体制を立て直すことを試みるが、うちの兄貴は一瞬の油断を見逃してくれる程親切ではない。彼は優しそうなナリをして敵の弱みを掌握することに長けている。要するに他人の弱点に目敏いのだ。


「こんな狭い車内では肩が凝ってしまうな。表で盛大にやろうじゃないか」


 兄貴は後部座席のドアを開けて下車する。俺もゴルゴンを握りしめて兄貴に続く。


「貴様ら目的は俺だろう? 誰に命令されたか知らないが、大方見当はつく。その必死さから察するに、俺の首を獲れなければ己が粛清されるといったところか」


「敵さんの身を案じるなんて、兄貴は優しすぎるんじゃない?』


 俺も煽り口調で一言を絞り出す。俺に送られた兄貴の視線が俺にも参加しろと言っていたように感じたのだから、加勢せざるを得ない。


「俺たちに刃を向けることの意味、よく理解しているのだろうな? 生かして帰すつもりなど毛頭無いが、手ぶらで帰ってもどうせ失われる命だ。召されるのが少し前倒しになるくらい問題ないだろう」


 タガの外れた兄貴はここぞとばかりに煽る煽る。


「厳密に言うと向けられたのは刃じゃなくて銃口だけどな」


「比喩だ。銃口より刃と言った方がなんとなく語感が良くて格好がつくだろう」


 兄貴は積み上げた格好良さを一瞬で消し去る一言を吐き、アリコーンの柄頭つかがしらで俺の鳩尾みぞおちを軽く一突き。軽くとはいってもアリコーンそのものが割と硬質なだけにそれなりに痛い。幼少から特訓と称して兄貴にボコボコにされてきた俺でなきゃ気絶してたね!


「貴様らの悪しき魂、聖なる剣アリコーンの刃が一つ残らず屠ってくれる!」


 鳩尾を抑えながら悶える俺を尻目に、いつもの長い口上を終えた兄貴は満足そうな顔をして縦横無尽に太刀を振るう。戦闘前に必ずコレをやるのが兄貴の作法らしい。はたから見れば趣味で煽ってるだけにしか見えないのは兄貴の悪癖だと理解していただきたい。


「柳、俺たちもぼけっとしてられないな!」


「この私を使うんだから可憐にキメなさいよ!」


 先陣を斬る兄貴、菓納コンビに遅れを取るまいと、俺たちも銃を構える不届き者たちを狩る。


「おいおいユウ、心なしかお前の切れ味落ちてないか?」


「久々だからまだ本調子じゃないだけよ! 私の魅力は刀身の切れ味だけじゃないってのはアンタもよく知ってるでしょ?」


「そうだったな…。従者セルヴォンの能力を遺憾無く発揮させるのが俺の務めだよな! 兄貴、ここは俺に任せてくれ!」


「才、お前ここでアレをやるつもりか?」


 兄貴が驚く。


「うーわ、正気の沙汰とは思えませんね…」


 菓納に至っては本気でドン引きする始末。うーわとか言わなくていい心の声まで発してやがる。同級生の俺と菓納は幼児期から学生まで長い付き合いだが、物心付いた頃から彼女は兄貴に忠実な一方で俺には割と辛辣だ。誤解無きよう予め言っておくが、嫌われるような悪さを働いた覚えは一切無い。


「やるならさっさとやるわよ!」


 昔からのことで慣れているものの、菓納からの辛辣な一撃を食らう度地味にメンタルを磨り減らす俺。ユウはそんなことなどお構いなしに催促してくる。こいつどんだけ自分の見せ場作りたいんだよ…。やや呆れつつも蛇剣ゴルゴンに繊細に彫刻されたメデューサの顔の意匠に左手を運ぶ。


「開眼せよ、メデューサの瞳!」


 閉ざされたメデューサのまなこがこれでもかと見開かれる。剣のデザインに過ぎない彫刻が眼を開くことなど有り得ない。だがユウはメデューサの細胞を取り込んだ家系だ。内なるメデューサの力が解放される時、その瞳と目を合わせた者はみるみる体が石化し同時に死に至る。


「ある程度避難が済んだとはいえ、沿道まで人が鮨詰めだった場所でこんな扱い辛い技を使うなんて、一般人まで石化させたら俺責任取れないよ…」


「私をそんな扱い易い都合の良い女だと思わないことね」


「論点はそこじゃない。一般人を巻き込むリスクの話だ」


「それにしても鮮やかにキマったわね。外遊中というのもポイント高いわ〜。帰国したら紅帝候補を救ったベスト従者セルヴォンとして一躍有名になること間違いなし!」


 こいつはマジで俺の話を聞かない。当分妄想世界から帰って来ないのは経験上よく知っている。


「才、こっちも片付いた。クロノワール王国の警察が加勢してくれて助かった」


 兄貴のこの言葉もきっとリップサービスだ。命が狙われたばかりだというのに、演出感無く自然な流れで政治的影響にも配慮した発言をする。メディアに撮られること、この国の国民に与える印象、更には王室のメンツまで意識した上での計算された発言。こういう優れたバランス感覚はやはり紅帝の適性に他ならないと常々思う。


「さあ、帰国しようか」


 何事も無かったかのように平然と現場を後にする兄貴の姿には、ある種の冷徹ささえ感じた。俺はここまで冷徹にはなれない。


「こんなことがあったのにすんなり帰っていいのか?」


「王室側に話は通してある。帝国側には怪我人も死人も出なかったし、悪党共は成敗された。明日の公務もあるし予定を大幅に変更することはできない。連中の出自諸々、後のことはこの国の警察に任せてほしいとの王室側からの要望だ。先方のメンツを立てることも外交手段の一つさ」


 海外からの要人相手にテロを許してしまったという事実だけでもこの国にとって頭の痛い話のはずだ。幸い怪我も死人も無かったから良かったものの、国家としての詰めの甘さが露呈した形となったことは間違いない。これ以上メンツを潰す真似はしたくない。同盟国としてでなく、一人の人間として、俺は心からそう思った。

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紅い帝国-The Vampire Empire- 珠来 @tamaki_977

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