一話完結・鬼の小話
狗法眼 春
第1話 やまびこ村【完結】
ある所にいたずら好きの鬼が住む村があったそうな。
そこの鬼たちは人間が来るとそいつの真似をしてからかっていたそうな。
それが山彦のように声までそっくりだったものだから、いつしかそこは山彦村と呼ばれ、誰も近づくことはなかった。
ある日、山彦村に一人の旅人が来た。
男は咳まじりのしゃがれ声で、ここにしばらく泊めて貰えないかと頼んできた。
それを聞いた村人は男とそっくりに咳まじりのしゃがれ声を返した。
久しぶりのよそ者だ、たっぷりからかってやろう。
しかし男は村人のしゃがれ声を聞くと安心した顔で、改めてここに泊めて貰えないかと頼んできた。
それから、男は何日も村に留まった。
村人総出で男とそっくりな咳まじりのしゃがれ声で話しかけても、男は穏やかな様子で村人とふれあった。
ある日のこと、ひとりの鬼が我慢しきれずに男が真似をされても動じない理由を聞いた。
男は言っている意味を理解しきれない様子で、身の上を語り始めた。
「おれの村では流行り病があってな、皆んな咳がひどくなってしゃがれ声になって死んじまうんだ。」
「病から逃れようと遠くに来たがおれも駄目だった。そんな中この村の人たちに出会えたから安心してるんだ。まるで故郷にいるようだよ。」
男は答え終えると数度大きな咳をした後、血を吐いて死んだ。
鬼はそれにひどく驚いて、男の真似をやめようと思ったが、咳は収まらない。
男が滞在しているうちに鬼たちの咳まじりのしゃがれ声は本物になっていたのだ。
かつてここには村があった。
やまびこのようにそっくりな声色で答える鬼たちの村が。
声をどれだけ投げかけても、今はもう、やまびこは返らない。
ここには暗闇ばかりが残っていた。
一話完結・鬼の小話 狗法眼 春 @poteto_tabetai
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