12.雨上がり
里を出て洞窟の出口にたどり着けば、洞窟の入り口にあったような霧も晴れていて、雨上がり特有の青空が広がっていた。
洞窟の出口より先の道は入り口よりずっと開いていて歩きやすい。足場を見ると建物を構築していたのと同じ、コンクリートと呼ばれていたものを使った橋だということが分かった。
レールの道はゆるやかな下り坂になっていて、両脇を樹々が彩る。無機質な灰色に青葉闇が模様を作って風に揺れていた。
雨の名残はそこかしこに。樹々や木の葉は露で煌き、地面の水たまりは鮮やかな青を映す。
「同じ山の景色とは、思えないですね」
「霧があるかないかの違いは大きいだろうな」
橋下の山道には、清流がきらめく川がざあざあと音を立てて流れていた。きっとスイレンの里から流れた水なのだろう。
あの里の構造といい、山に開けた洞窟といい、文明時代の人間の技術力には舌を巻くばかりだ。このレールも、かつては人間を乗せて運ぶ箱が、馬より何倍も速いスピードで走り抜けるための道だったというから、その時代を知らない二人には驚きしかない。
「雨が止んだからでしょうか。あのまま何日も降り続けたらどうしようかと思いました」
「時期が時期だからな。本格的な梅雨のことを考えると、長く泊まれる里を探したいな」
先はまだまだ長く、本格的な夏季の到来も近いのだ。それに伴って、嵐の日も多くなる。となれば、数日単位で止まることのできる余裕のある里を探しておきたい。
ほどなくして森を抜けた。川と並んで伸びるレールは広々と感じ、木々がない分見通しもよく風が心地いい。
揺れに合わせて水が陽光を反射し、キラキラと輝いている。その光の中で、魚が一匹跳ねた。川のせせらぎも併せて、それらの音が水満るスイレンの里を彷彿とさせる。
「……あの里はどうなるのでしょう」
「緩やかに滅びるだろうな」
あの里が発展できたのは、ひとえに近場に里があったから。だが、その里は滅び、食料も物資も何もかも不足している。一番近い里でも、スイレンの里まで物資を交換しに行く利益はなさそうだ。
レイの言葉を聞いて、スイは顔をしかめた。
「どうしようもないのですね」
「少なくとも、今は難しいな。移住ができればいいが、スイレンの花畑を移すのは、とても難しいだろう」
あるいは、もう少し各々の里の技術が発展し、かつての文明時代のように近づくことができれば方法はあるかもしれない。
けれど、今の人々は文明を……それを発展させた科学を捨てたからこそ今がある。
しかし、もしも科学をすべて捨て去ることなく、かつての栄華を今もなお保持することができたのなら。
(悲しむ花人も人間も、ずっと少なかったのかもしれないな)
ぽつりとつぶやいて、前方を見る。線路の先にユグドラシルは見えなかった。
「あのですね……」
「ん?」
「ニンフさんは、スイに入れ込むなと言いました」
「そうだな」
「でも、スイは思ってしまったのです。スイにできることがあるのかと」
子供のように大切に育ててきた愛する人たちを、仕方ないとはいえ自ら殺す判断をしている。その苦しみはいかほどのものなのか。
実際スイがスイレンの立場なら、耐えられただろうかと。
「きっと、よくない思考だと思います。あの花にも事情はあると、頭では分かっているのですが」
「そうだな。だが、そう思うのも無理はない。そして、スイも里を持たない限りは、たぶんスイレンの気持ちも苦しみも、抱えている愛情も理解するのは難しいさ」
いくらでも想像はできるだろう。けれど、理解しきることはできない。花と花だけではなく、人と人の間も同じことだ。花と人では、もっと難しい。
死することを当たり前のように受け入れる人たち。そう育てたのは、愛が故。そう育てられて人間が受け入れたのもまた愛が故のこと。
本当なら、ニンフを見捨てて他の里への移住だって検討できるはずなのだから。そして花もまた、そんな人間たちの愛を分かっているからこそ耐えられるのだろう。
「少なくとも、愛し愛され、それで幸せだと思っている限り、俺たちにできることはなにもないさ」
「愛、ですか……」
色々な里を巡って来たけれど、スイにはまだ理解は難しいのだろうとレイは思う。なにせ、自分も深くは理解できていないと言えた。
そしてきっと、旅を続ける自分たちは過ぎ去った里の花々の結末を、その愛情がもたらすものの末路を、知ることは叶わないのだ。
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