第41行目 魔法少女その2
「ただいま」
がらりと玄関の扉を開けて、帰宅したゼン。
「お帰りなさい、ゼン。お仕事お疲れさまでした。ご飯にします? お風呂にします?」
「どっちも後でいいや。スズはまだ起きてる?」
「はい、リビングで奈央と遊んでいるかと思いますが」
「ありがと」
千景の言葉を聞くや否や、ゼンはリビングへと足を進めていく。そんな彼の背中を千景は首を傾げて見送った。
※※※
「スズ」
「ぜぜ! おーりー」
「おぉ、ゼンお帰り」
「ただいま」
リビングに行けば、千景の言葉通り奈央と遊んでいるスズの姿が。奈央に絵本を読んでもらっていたらしい。ちょこんと膝の上に乗っている。
「スズ、良い物買ってきたんだ。あげるよ」
「なーい?」
「これ。スズの好きなやつだと思うんだけど」
エコバックからごそごそと取り出したのは30分をかけて悩み抜いた一品。手のひらに乗せて、スズの前に差し出した。すると……
「わー! ブープー!」
スズの瞳がキラキラと輝いた。小さな手を目一杯動かしてパチパチしながら喜びを表現している。
「良かった。合ってたね」
大喜びなスズの姿を見て、若干緊張気味だったゼンにも笑顔の花が咲く。ほわぁと解れた顔でスズと戯れ始めた。
「これね、お菓子だよ」
「おあー!」
「そうそう。あとねシールも入ってるんだって。シールはランダムで入ってるから誰が出るかは僕にも分からないんだけどね」
「しぃーう」
袋の口を開封して、中身を取り出しながら解説を始めるゼン。中のタマゴボーロを早速スズの口に放り込み、自分もボリボリ始めた。
「しぃーう! しぃーう!」
「ん、開けるね」
お菓子の合間に出てきた銀色の袋。スズお待ちかねのシールがここに入っている。全7種のどれか一枚がランダムで封入されている訳だが……
「ブープー!」
スズの推しはもちろんブープー、もといブロッサムプリンセス。彼女が出てくれるといいなと思いながら、いざ開封。取り出したその一枚は……
「キャーキャー! ブープー!」
見事にスズの推しを引き当てたゼン。もちろんスズは大喜びで、シールを手にぶんぶんと振り回している。
「良かった」
「なぁ、一体何事なのだ?」
スズとゼンのやり取りがひと段落するまで、ちゃんと待っててくれた最年長。そろそろいいかなぁと話しかけてくれた。
「ほらあれだよ、スズが好きなやつ。日曜日によくやってるじゃん。『どさんこお肉パワー、メタモルフォーゼ!』とかって言ってる魔法少女」
「田舎娘なのか、食いしん坊なのか分からない魔法少女なのか」
「うん、多分そんな感じ」
断じて違う。正しくは『ブロッサムプリンセスパワー、メイクアップ!』である。
「たまたまさ、本当にたまたまだったんだけどコンビニに寄ったら、とてもたまたまお菓子コーナーに行って、そしたらたまたまこのお菓子が目に入って。そう言えば昨日スズが観てたアニメと一緒だなって、たまたま気がついたんだよね。いやぁ~こんなに喜んでくれるなら、たまたまコンビニ寄って良かったわぁ~」
昨日からソワソワしてコンビニで30分も長考したのに、何を白々しくペラペラと。……おっと失礼いたしました。つい口が滑りました。
「そうだったのか」
奈央は全く疑う様子はなく。ただただ感心したように頷くだけである。
「良かったなぁ、スズ。ちゃんとゼンにお礼を言うのだぞ」
「あー! ぜ、あねとーね」
「どういたしまして」
奈央の言葉を受けて、スズがお礼を告げながらゼンの元へダイブする。そしてあぐらをかいて座っている彼の膝の上に立ち、肩の部分に掴まって……
「え……」
「おいおい」
「キャーキャー!」
スズの行為に、ゼンは固まり、奈央は口を覆って、スズはご機嫌である。
「う゛」
そして数瞬の後に、ゼンは胸を押さえて倒れ込んだ。苦しそうではあるのだが、どこか幸せそうな顔をしている。
「キャッキャッ!」
倒れたゼンを見て、更にご機嫌になったのはスズ。ゼンの動きが面白かったのだろう。手をパチパチ叩いて楽しそう。
先ほどスズがゼンに何をしたのかと言うと、座っているゼンに顔を近づけて、ほっぺにチュウを捧げたのだ。彼女なりの『ありがとう』の伝え方だったのだが、尊さが限界点を超えてしまったゼンは倒れてしまった。
「おい、ゼン! お前乙女の初キッスを! よくも!」
「僕はもう今日死んでも悔いはないよ」
「今宵がどうやら峠のようだな」
荒ぶる奈央の隣で、天に召される勢いのゼン。死因がキッスでは、スズが殺人犯のようになってしまうのでぜひとも止めていただきたいところ。しかし、ここでスズがまた動いてしまう。
「じじじ」
「ん? なんだスズ?」
「うー」
屈んで振り返った奈央の頬めがけて、スズがぶちゅっと口づけ。
「ス、ズ」
「キャッ!」
ポカンとしている奈央は置いておいて、超絶ご機嫌なスズ。どうやらチュウとする動作にハマったらしい。齢1歳程度にして、なんと恐ろしい女の子だろうか。これは成長したらとんでもない乙女になってしまうのではなかろうか。
「う゛」
そしてもちろん大好きなスズちゃんからキッスを貰った奈央も、ゼンと同様ノックアウト。幸せそうな顔でパタリと倒れてしまった。
「ちょっとゼン。そろそろご飯食べてくださいよ。もうナツキがご飯よそってますよ……って何をやってるんですか二人とも」
夕飯のために呼びに来た千景が見たのは、幸せそうな顔で倒れている奈央とゼンの姿。唯一スズだけは、元気そうにしている。何が起こったのか全く分からない。
「ちーちー!」
「何ですか、スズ?」
呆れ半分疑問半分で倒れている二人を眺めていれば、スズが千景を呼んだ。彼女に誘われるまま、千景は屈んでスズの目の前までやってくる。
「うー」
「おや!」
奈央とゼンの時と同様、頬にぶちゅっと口づけたスズ。千景は驚いたように目を見開き、そして……
「スズ! チュウしてくれたのですか! あなたって子はなんて可愛いんでしょう!」
「んー、ちあう!」
「え、違う?」
ジタバタと暴れて不快感をあらわにするスズ。何とかしたい気持ちはあるのだが、千景には状況が分からない。スズが何を求めているのか分からない。
「スズ、私は何か間違えてしまったのですか? ごめんなさい、分からないのです。教えてください」
「あぅー! ばばーん! ばばばーん!」
「え? え、何ですか?」
「ちあう!」
どうやらスズは千景にも奈央やゼンのように、ばたーんと倒れて欲しかったよう。彼女の中で、『頬にキスをしたらぶっ倒れる』がセットですり込まれてしまったようだ。奈央とゼンが変なことを覚えさせましたね。
「ちあうの!」
「ごめんなさい、スズ。分からないのですよ」
「うー」
もちろん現場初体験の千景には分かるはずもなく。スズがプンプンとして、千景が慌てる時間が続く。
「みんな、まだかなぁ」
そしてキッチンでは一人、みんなのご飯をよそったナツキが待ちぼうけを食らっていた。
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