第40行目  魔法少女その1

 とある日曜日の朝。


「ふわぁ」


 仕事が休みのゼンは寝ぼけ眼を擦りながら、リビングへと移動していた。


「ぜー! はぁくー!」

「はいはい」


 そう、小脇にスズを抱えながら。

 スズは今「ゼン、早くー」と叫んでいたが、彼女が朝から急いでいるのには訳がある。それは……


「はい、どうぞ」

「おぉー! キャー!」


 リビングに着き、ポチッとテレビの電源を入れる。するとポップなオープニングと共に、キラキラとした女の子たちが画面の中で動いている。

 そう、最近のスズはテレビの魔法少女系アニメがお気に入りなのだ。テレビの前で齧り付くように前のめりになってアニメを堪能している。


「眩しい。最初の頃は二人で戦ってなかった? いつの間に増えたの」


 ソファの上にドカッと腰を下ろして、スズと一緒にテレビを観るゼン。しかしこのキラキラは高齢なドラゴンには眩しいようで。彼らの中では最年少である400歳のゼンですら、眩しそうに目を細めながら薄目でアニメを観ている。


「ブロッサムプリンセスパワー、メイクアップ!」

「ブープー! キャーキャー!」


 キャラクターが杖を一振りすれば、輝く演出の中、制服姿からプリンセスの衣装に早変わり。キラーンとさせてポーズをきめている。

 ゼンには眩しい映像でしかないアニメだが、むしろスズにはそのキラキラがお気に入りらしい。画面がキラッと光る度に彼女の瞳の輝きとテンションがぶち上がる。


「そう言えば、この前コンビニでこの子のパッケージのお菓子を見たな」


 仕事終わりにゼンがコンビニに寄った際、お菓子のコーナーに今テレビにどアップで映っている女の子のお菓子が売っていたような気がする。確か『シールが一枚付いてるよ♡』と描かれていたような気もする。


「……」


 買ってきたらスズは喜んでくれるだろうか。こんなにテレビに前のめりでアニメを堪能しているのだ。喜ばないはずはない。

 そうと決まれば早速明日の仕事帰りに買ってこよう。明日は週の始めの月曜日。またここから5連勤が始まる訳で普段は憂鬱でしかないのだが、今日だけは明日のことを想像し少しだけ楽しくなったゼンである。




※※※




 翌日、ゼンの仕事帰り。コンビニにて。


「あれ、どれだっけ……」


 彼は昨日考えていたようにスズのお土産を買おうとコンビニにやって来ているのだが。ここで問題が発生している。


「確か青色の髪の子だよね。違うっけ? 水色だった?」


 テレビ画面が眩しくて禄に見えていなかったため、キャラクターの顔がうろ覚えであるゼン。彼の目の前にはシール入りのお菓子たちが何種類か並んでいる。

 キャラクターたちの作画も世界観も全くもって違う物たちなのだが、残念ながら子育て初めて御年400歳のドラゴンであるゼンにはそれが分からない。


「んー、これ? こっち? これは怪物? この前テレビで倒してなかった? 結構思いっきり、宇宙の果てくらいまでぶっ飛ばしてたよね? そんな憎い敵とこんなにいい笑顔を浮かべるかね」


 あっちを持ったりそっちを持ったりしながら、パッケージを凝視しているゼン。眉間に皺を寄せて、かなり真剣に吟味しているが、そこが幼女向けお菓子入り玩具売り場の前であることを少し思い出して欲しいものである。もう15分ほどそこにいる訳で、店員さんたちがチラチラとこちらを見ているではないか。


「多分これかこれの、どっちかのはず!」


 普段のゼンなら店員さんに少し目で追われただけでもビクついてしまうのに、今日は商品を選ぶのに夢中過ぎて、怪しい視線を向けられているのにも関わらず意に介さず。


「水色とピンクの子たちか、白黒の子たちだと思う。何処となく見覚えがあるから」


 数ある商品の中から二つまで絞り込んだゼン。そして見事な選択である。実は残ったこの二つ、二つとも正解と言えば正解の商品である。

 水色とピンクのコンビは今期アニメのキャラクターであり、白黒のコンビは初代アニメのキャラクターなのだ。初代アニメは20年ほど前に放送されていたもの。おそらくゼンはその時に少しアニメを見かけていて、記憶に残っていたのだろう。二つともシリーズとしては同じであるので、ゼンがどちらを選んだとしても正解ではある。


「どっちだろう。いやでも、白や黒よりは派手だったような気がするからな。それにこの子、ブロッサムプリンセスって名前が書いてある。スズ、よくブープーって言ってなかったっけ? 凄い略し方だけど多分この子のことだよね」


 散々たっぷりと30分悩み抜いた結果、選んだのはちゃんとお目当てのスズの見ている今期アニメのお菓子。よくやった。


「これをください」


 ゼンにしてははっきりと紡いだその言葉。心なしか、汗をかき肩で息をしている気がする。彼にとっては、とんでもない戦いを繰り広げていたのに違いない。

 そして熟考したその品をきちんとネコちゃんのエコバックに入れて、堂々とお店を後にした。


「よし」


 日が落ちてくる黄昏時、気合十分なゼンが帰って行く。背中には店員さんたちからの不思議そうな視線を受けながら。


「スズは喜んでくれるかな」


 普段ならそういうことには敏感に気がつくたちであるゼンだが、今日の彼にはそんなことを気にしている場合ではない。彼のお楽しみはこれからなのだから。

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