第37行目  雪が降りました

「雪だー!」

「ゆーい!」


 双子が去った次の日の朝。その日は記録的な大寒波がやってきていて、とてもとても寒い日だった。

 朝起きるや否や、テンション高めな奈央がスズと一緒にバーンと勢いよくカーテンを開け、はしゃいでいる。

 窓の外に広がるのは一面真っ白な雪景色。外にある木の根元は完全に雪で覆われており、随分と積もっている。一夜にして世界は白色に塗りつぶされた。


「ばー! だぁー!」


 スズにとっては初めての雪である。楽しそうに窓をぺちぺちと叩きながら瞳を輝かせていた。


「奈央、外に行くなら暖かくしないとダメですよ」

「あいあい」

「スズはちょっと待っててください、手袋とマフラーを……」


 奈央はテキパキと防寒グッズを付けて準備万端。そしてワクワクしているスズの様子を受けて、予め用意しておいた防寒グッズたちを取りに行く千景。しかし彼が戻ってくるのを待てるだろうか。スズは鼻息荒く窓をぺちぺちしている。


「これはヤバいね。めっちゃ積もってる。僕仕事休みだ」


 スズが窓を叩く一方で、起きてきたのはゼン。今日は平日なので彼は仕事のはずだが、記録的大雪のため、仕事は休みとなる旨の連絡が先ほど彼の携帯に来ていた。


「かまくら作れそうだね」

「作ろう! 作ろう!」


 いち早く防寒グッズを身につけた奈央とゼンが大はしゃぎ。どうやら二人でかまくらを作るようだが、ここで少々問題が発生。


「しかし、鎌倉を作るとなるとなかなか時間がかかるのではないか? 年単位で時間が必要だろう」

「ん? 確かに時間はかかるだろうけど、せいぜい半日くらいでしょ?」

「なんとっ!? そんなに早く作れるのか鎌倉は」

「多分出来ると思うけど……え、待って奈央と僕は今かまくらの話をしてるよね?」

「あぁ、鎌倉の話をしているぞ」


 奈央とゼンの会話が噛み合っているようでズレている気がする。奈央の言葉の漢字変換から不穏な気配しか感じない。


「雪を集めて形にするよね?」

「そうだな、それも効果的かもしれないな」

「ん? それ以外にやることって何かある? もっと凝った作りにしたいってこと?」

「いや、凝った作りにしなくともシンプルな作戦でも構わない。しかし頑丈な武器が必要であろう」

「武器?」


 武器とはスコップのことだろうか。雪をかき集めるのに確かに頑丈なスコップは必要であろう。妙な言葉の言い回しにゼンが首を傾げていれば……


「まずは平家を滅ぼすことから始めなければならぬ」

「いつの時代の話をしてるのさ。平家はとっくに滅んでるよ」


 かなりタイムスリップして話を展開していた奈央。この令和の時代に何とも時代遅れな。


「僕は雪のかまくらの話をしてるの。鎌倉幕府じゃないよ」

「なんとっ、そうだったのか!」

「ごめんごめん、僕の言い方が悪かったかもしれない」

「良い良い。誰にでも間違いはあるものだ。許すぞ」

「……どうも」


 今回ゼンに非はないような気がするのだが、こちらが下手に出ればすぐこれである。


「キャッ! だいー」

「あぁ、スズ手袋しないと冷たいよ」


 そうこうしているうちに待ちきれなかったスズが、奈央たちが外に出た隙間からズボッと新雪に手を突っ込んでいた。彼女にとっては初めて見る雪。真っ白でキラキラと輝くその光景に彼女の心は軽やかに浮き上がる。


「わぁー! キャーキャー!」

「よし、スズも一緒に鎌倉を作ろうではないか! 平家を打ち倒すぞー!」

「ぞぉー!」

「だから違うってば」


 奈央が突き上げた拳に倣い、スズも拳を突き上げる。ゼンが慌てて止めるも、二人は鎌倉幕府を建国する勢いである。無理なものは無理なのだが、やる気なのであれば放っておくのもまた一興なのかもしれない。


「……」

「ナツキは行かないのですか?」


 ゼンにスズの手袋たちを託した千景がナツキに話を振る。彼は楽しそうなスズたちを部屋の中から眺めているのだ。毛布にくるまって、あたたかい部屋の中に居る。


「寒いから、いいよ」

「そんなに寒さ苦手でしたか?」


 ナツキは元は自然を司るドラゴン。彼が炎に弱いのは知っていたが(第11行目参照)寒さにも弱かっただろうか。長い付き合いであるが、初めて知った出来事である。


「……」


 何かを考え込むような顔をしながらスズたちのことを眺めているナツキ。そんな彼のことを眺めていたら、昨日役所の双子に言われた言葉が千景の頭に浮かんできた。


『いつかのその時が来る日まで』

『限られた時間を有意義に過ごすといい』


 いつかは人間界へ帰すつもりで、スズのことを育てている彼ら。明確な期日は決めていなかったが、改めて『いつかのその日』を意識すると寂しさが湧き上がる。おそらく今のナツキも同じ気持ちなのだろう。


「『いつか』はまだ来ていませんが、その日までずっとスズと距離を取って過ごすつもりですか?」


 ナツキの背中を軽く押しながら告げる千景。彼のその動作がナツキの心を少し前に進めたらしい。


「俺も、雪で遊んでくる」

「行ってらっしゃい」


 手袋を持ち出して外に出て行くナツキ。スズたちに加わって、楽しそうにかまくらを作り始めた。


「ちょっと奈央、それは無理じゃない? 二回に分けなよ?」

「いやいや、何も問題はな……グキッ」

「あー、ほら言ったじゃん」


 大量の雪を運ぼうとしていた奈央が腰を痛めているようだが、概ね楽しそうに雪と戯れている。


「洗濯を回したら私も行きますかね」


 洗濯かごを持って独りごちる千景。スズと過ごせる残りの時間は、今この瞬間も一秒一秒減ってきている。残された時間の短さを嘆くより、どう過ごしていくかに心と時間を使っていきたい。彼らの姿を見ながら千景はそんなことを思うのだった。

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