第6章

第36行目  双子来ました

 ピーンポーン!


「う?」


 聞き馴染みのない音にスズがピクリと反応する。玄関のチャイムが鳴った音である。

 ここは山奥。ナツキが流した不気味な噂のせいで(第1行目参照)山の中腹の鳥居より先に立ち入る人は居ない。そんな山の奥の奥のこの場所。ここのチャイムを鳴らすのは、もちろん人ではない。


 ピピピーンポーン!


「あいあい、今行く」


 どっこらっしょと言いながら、奈央が腰を上げる。不思議そうに見つめてくるスズの頭を安心させるように一撫ですると、そのまま玄関へ向かった。


 ピピンポーン! ピピ、ピピピン、ポン!


 連打しているのだろうか。最初にチャイムを鳴らされてから、まだ1分と経っていないのに、この急かし様。かなりのせっかちである。


「あいあい、どちら様……」

「おぉ! 奈央久しいな」

「息災であったか?」


 奈央がガラリと扉を開けて言葉を言い切らぬうちに、訪問者が口を開く。その勢いに一瞬目をパチクリとさせた奈央だが、すぐにいつもの笑顔になる。


「はっはっはっ、相変わらずだな。環奈かんな杏奈あんな


 扉の先に居たのは、小学生くらいの見た目の二人組。二人とも黒髪に短髪でよく似た顔立ちをしているが、瞳の色が違う。一人は赤色でもう一人は青色だ。しかしそれ以外の部分は瓜二つ。双子ちゃんだろうか。


「先日連絡したばかりだったのに、お早いですね。お忙しい所お越しいただきすみません」

「相変わらずうるさいチャイムだな」

「そんなに押さなくても聞こえてるよ」


 あの特徴的なチャイムの押し方で、来訪者を悟った他の三人も玄関に集合する。

 千景の言葉から察するに、二人を呼び立てたのはこちらのようだが、その目的は……


「我らに見せろ!」

「スズちゃん見せろ!」


 ズイッと身を乗り出して、キラキラとした瞳を全面に出してくる二人。そう、今日彼らが来た目的はスズと会うことである。




※※※




「だぁー」

「おぉお! この子が件の子供か」

「愛いのぉ、とても愛らしい」


 リビングにて、ぷにぷにっとスズの頬を突きながら、微笑みかける双子たち。

 スズはいきなりやって来た彼らに少し驚いたようだが、されるがままにぷにぷにされている。


「この子の戸籍を用意してほしいのですが」

「もちろんもちろん」

「どんな物でも用意してやろう」


 そしてこの双子の正体。見た目の通りのただの小学生ではない。数話前で話に出てきた『役所の双子』その人たちである。

 彼らも奈央たちと同じドラゴン。見た目年齢を変えながら役所に勤めている。二人とも役所勤めであるが、必ず年齢差をつけてどちらか一方がそれなりの地位に居られるように勤めている。ちなみに現在は、環奈が管理者で杏奈が入社3年目である。

 そして今小学生くらいの見た目をしているのは、二人の完全なる趣味である。小さい子の姿の方が町で割引してもらえたり、何かと都合が良いらしい。


「あとこれもお願いしたい。予防接種」

「おぉ、このくらいの子らは注射のオンパレードだからのぉ」

「この子も例外ではないだろうのぉ」


 ゼンが手渡したのは、先日スズが熱を出した時に病院で貰ってきた予防接種のパンフレット。受けなくてはならない注射たちが、ズラッと並んでいる。


「可哀想になぁ」

「こんな幼子に針を刺すなど、人の子は恐ろしいことを考える」

「しかし何とかせねばならぬな。ここはそなたらの守護もあり、空気が清浄で澄んでおる」

「今後下界に降りて行くとなると、その守護が受けられない。清浄に慣れていた身体には酷なことになるなぁ」


 双子たちは何気なく発言したようだが、奈央たち全員の頭の中には、先日発熱して苦しそうなスズの姿が浮かんだ。双子の言った『酷なこと』とは、恐らくそれの比ではないのだろう。


「「さて、では戸籍は誰の子にする?」」


 全員が息をのむ中、気がついているのかいないのか双子は話を先へ進めていく。

 

「やはりゼンか? だが、今の担当になってからはだいぶ経っていたな。もうかなりの年齢になっているだろう。その段階になっての子供となると、ゼンが死んだ設定の時に厄介だろうか。それとも次の仕事担当の子にするか?」

「次は奈央だったな? その子の子供ということにして、戸籍と予防接種を取り図ろうか?」

「いや」


 どんどん話を進めていく双子の声を、奈央の静かな冷たい声が遮った。そしてスズの頭を優しく撫でながらも、冷たい声のままその先を紡ぐ。


「この子はいずれ人の世に帰る。だから病気の時などに困らない程度の偽造で構わない。下手に俺たちと紐付けると今後のスズの未来に影響を与えてしまうだろう。だが予防接種とやらは早く受けさせたい。何とかしてほしい」


 キッパリとした言葉で言い切った奈央。いずれ人間の世界へ帰って行くスズにとって、自分たちの繋がりはむしろ邪魔な物。万が一にでも紐付かないように、出来るだけ離れた存在であった方がお互いのためと考えたのだろう。


「なるほどのぉ……」

「良かろう、ではゼンが病院へ連れて行った設定のままにしておこう。ゼンの友達の子供ということで、そなたたちとの関係はいずれ切れるがそれまでは困らぬよう取り計らっておこう」

「予防接種についても問題ない。手配出来るように動いておこう」

「助かる、ありがとう」


 深々と頭を下げる奈央。双子はそんな彼の姿に見て、後ろに控えている千景、ナツキ、ゼンを見た。


「……」

「面倒をおかけしますが、よろしくお願いします」

「いつもありがとね」


 千景とゼンはにこやかに言葉を紡いだが、ナツキは苦しそうな表情で黙ったまま。一瞬何か言いたげな表情をしたが、言葉はそのまま飲み込んだらしい。彼が口を開くことはなかった。


「ではいつかのその時が来る日まで」

「限られた時間を有意義に過ごすといい」


 四人のそれぞれの様子を見届けると、来訪した時の騒がしさとは一変、静かに双子の姿は消えていった。


「あーうー」


 シンと静まった部屋にスズの不思議そうな声だけが響く。その声にナツキがチラリとだけスズを見るが、そのまま無言で彼は部屋を出てしまった。


「ななぁ?」

「スズ、俺と本読もうか?」

「ばばば!」


 ナツキの名前を呼ぶスズだが、寂しそうな表情が彼女の顔に広がる前に、ゼンが本を手に取りスズを誘う。スズを抱きかかえ、リビングへと消えた。

 残ったのは奈央と千景。


「良かった良かった。戸籍も予防接種も何とかなりそうだな」

「そうですね」


 にこやかに告げる奈央に対して、千景は複雑な表情のまま。

 奈央は先ほど驚くくらいに迷いなく、スズとの別れを言い切った。まだすぐではない先の未来ではあるが、それでも全くの迷いなく言い切った。それほどにスズとの別れの覚悟が出来ているのだろうか。

 奈央の笑顔を見ながら、千景はそれがどうしようもなく寂しく感じた。

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