第33行目  コンビニに行きます

 え、なに。僕も何か話すの? 確かにみんな話してたけどさ。僕は別にいいよ話さなくて。それにさっきまでちょっとシリアスな感じの話してたじゃん。流れを切ろうとして僕に振ってるの? ちょっと止めて、マイクを向けないで。やめて、押さないでよ。

 ああ、もう、話さないといけない雰囲気になってるじゃん。みんなが見てる。あ、どうも。みなさんこんにちは、ゼンです。

 はぁ、仕方ないなぁ。注目を浴びるの嫌なんだよ。僕はソッとゆっくりとただ穏やかに生きていたいだけなのに。

 はぁ、だけど何を話すの。別に何も聞きたいことないでしょ。僕に興味ないでしょ。

 え、なに? あー、あのムカつくコンビニの話ね。いいよ、それなら。全然話せる。いつまででも話せる。むしろみんなに聞いてほしいくらいだよ。




※※※




「やっべぇ」


 とある日、僕は鞄を整理していて出てきた封筒を見て、やらかしたことを悟る。この前仕事帰りにポストに入れようと思って、スッカリ忘れて家に持って帰ってきてしまった封筒。それがこれ。

 やってまったな。今日から有休を使って三連休だったのに。週明けの月曜日に投函するんじゃ遅いよね。んー困った。


 ポストが近ければすぐに出かけるんだけど、ここから一番近いポストは山を下りてから歩いて30分ほどかかる。かなり怠い。だけど仕方ないよねー、忘れた僕が悪いもんねー。


「ゼブンブレブン行くけど、何かいる人ー?」


 ということで、ポストに行くんじゃなくてコンビニに行くついでにポストに寄ることにした。その方が僕の精神上穏やかだから。はい、そこザワッとしないでね。いいの、僕がいいからいいの。

 そしてどうせコンビニに行くんだったら、奈央たちに何かついでがないか聞いてみる。トントンと靴の踵を鳴らしながら、リビングの方へ叫んだ。

 そんな訳で、僕は善意100パーセントで問いかけた訳なんだけど……


「Lチキチギ!」

「ブァミカラ!」

「パロバロ!」

「ゼブンブレブンに行くって言ってるじゃん、聞いてた?」


 某コンビニに売っていない物ばかりリクエストが飛んでくる。ねぇ、これって嫌がらせ? 僕は何かみんなに恨まれることしたのかな。いやでも、こっちがみんなに殺意を覚えることはあっても、恨みを買うようなことはしていない……はず、だよね。


「Lチキチギぃ」


 そんなことを考えながら少し待っていると、リビングからのそりとナツキが出てくる。


「Lチキチギないよ」

「じゃあ、LLチキチギでもいいよ。Mチキチギだとちょっと足りないかもだから2個はほしいかな。逆に3Lとか4Lだと大きすぎるから、ゼンと半分ならそれでもいいかも。グランドチキチギなら奈央たちも入れて四人で食べよう」

「違う違う。頭文字についてるLはサイズをしてしてるんじゃないんだよ。LLとかMとか、そもそもそんなチキンは存在しないよ」


 最後のチキンはなんて言った? グランドチキチギ? なにそのとんでもなくデカそうなチキンは。その大きさのチキンはちょっと見てみたいなって思うし、食べてみたいじゃん。

 だけど分かりやすく説明したつもりなんだけど、ナツキには伝わっていないみたい。僕にないと言われたことに腹を立てたらしい。頬がパンパンに膨らんだ。


「ケチなこと言うなよ。チキンなんだからどれも一緒だろう?」

「ブァミチキ食べたいなって言いながら出て行ったのに、ボーソンに行って『ななチキンください』って言ったナツキにとっては同じような物かもしれないね。チキンが食べたいだけならななチキン買ってくるけどいい?」

「それでよろしく!」


 チキンが食べられるのなら彼は何でもいいらしい。ため息しか出ないけど、ナツキは満足げにリビングへと去って行ったのでまぁいいとする。


「それで他の人は? どうするの? 何も要らない?」

「ブァミカラ!」

「パロバロ!」

「だからゼブンブレブンに行くんだってば!」


 一向にリクエストを変更する気のない二人。また少し待っていれば、今度は千景がリビングから出てくる。


「私はブァミカラが食べたいのですが」

「ゼブンブレブンにはないよ。食べたいなら自分で行けばいいじゃん。歩いて結構かかると思うけど」

「んー、それは面倒くさいので、ブァミカラの間を取って、ホットドッグでいいです。買って来てください」

「何と何の間を取ったらホットドッグになるか分からないけど、買ってこればいいのね。分かった」


 これ以上突っ込むと面倒くさいことになりそうな気配を察知したので、僕はそのまま話を終わらせる。さて、あと残すは一人だけ。


「奈央はー? 要らない?」

「パロバロ!」

「だからぁ!」


 僕は財布を投げつけたい気持ちをグッと堪える。全然日本語が通じないんだけどこの人たち!

 また少し待っていれば、スズを抱きかかえた奈央が出てきた。


「何で一人ずつ出てくるかなぁ。面倒くさい」

「あぅー! ぜぜ!」

「アイスが食べたいのだ」

「何でもいい?」

「良い」


 コクリと素直に奈央が頷いたので、ようやくコンビニへ出発出来る……かと思っていたのに。


「何でも良いのだが、出来れば棒に付いてるタイプは無しにしてくれ。あれは途中で落ちてしまうから最後まできちんと食べれた試しがない。あとピックで突き刺すやつも落とすからダメだ。チュウチュウ吸うやつもダメ。こっちの口が吸われるからな。カップ系のやつが良いだろう。高級感が漂いつつ、そして尚かつ滑らかな舌触りと香りが楽しめる至極の品」

「バーゲンパッツでいい?」

「ば!」

「おぉ、そうだな。折角だからいろんな味が食べられるように、箱の……」

「はいはい、6個入りアソートね」


 何でもいいと言っておきながら、その実際全く何でも良くは無かった奈央。だけど無事に目当ての物を僕に伝えることが出来たので、スズを振り回してホクホクとリビングに戻っていく。ちょっとそれ危ないから止めなよ。スズが楽しそうだからとりあえず今はいいけどさ。


「もう! コンビニ行く時二度とついでがあるか聞かないからな!」


 こちらは親切心で聞いたのに、あんな返答ではコンビニに行く前から疲労困憊だよ。もう二度と聞いてやるものかと、固く心に誓い、玄関の扉を開いた。




※※※




「全くさぁ、人の親切を何だと思ってるんだか」


 僕はため息と文句交じりに山道をドドドっと下っていく。ここは人が入り込むことのない山の奥の奥なので、ドラゴンのままのスピードで走っていられる。町の中もこのスピードで走れたらだいぶ楽なのに。そんなことをしたら穏やかに平和に暮らすという僕の目標がぶち壊しになるので、絶対にやらない。


「よっと」


 すぐに山の麓までたどり着いてしまった。後はただひたすらに歩くだけ。出る前に散々疲れたんだけどね。

 ……そしてこのあと、僕を更に疲れさせる出来事があることを、今の僕は知る由もない。

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