第32行目 おやおやまあまあ
「困った」
山から下りて町へ出てきたナツキ。彼はスズの冬服を買うためにやってきたのだが、最大の問題が一つ浮上した。
「服はどこに売ってるんだ」
そう、小さな子供の冬服がどこに売っているのか全く分からない。
ナツキたちも服を買うことがあるが、オシャレにも疎いドラゴンなので、そう頻回に服を買い替えたりしない。それにいつも彼らが行くお店にはスズくらいの年頃の子供が着られるような小さな服は売っていなかった。
「んー、前に行った離乳食の店にあるか?」
頭を抱えながら思い浮かんだのは、以前親切な奥様方に教えてもらったお店。あの時は離乳食しか見ていなかったので、記憶が曖昧だが、確かあのお店には食べ物の他にも子供用品がいくつかあったような気がする。
たとえ服の取り扱いが無いとしても、同じように子供用品を扱っているのだから、服を売っている場所を教えてもらえるかもしれない。
「とりあえず行ってみるか」
「あらあらあら」
「まあまあまあ、あなたもしかして」
一歩を踏み出そうとしたナツキを、どこかで聞いたことがあるような声が刺し足を止める。人間界に知り合いなどそうそう居ないと不思議に思いながらも振り返れば……
「あ! こんちは」
「ひさしぶりねぇ」
「その後お子さんはどうなの?」
そこには偶然にも以前スズにオモチャやオムツ、服などを分けてくれた親切な奥様方が居た。にこやかな笑顔で微笑んでくれている。
「あ……あの時はありがとうございました」
彼女たちの姿を見て、咄嗟に口から飛び出したのは感謝の言葉である。
「ほんとにありがとうございました。スズ……あ、うちの子スズって名前なんですけど、あの時貰ったウサギのぬいぐるみが特にお気に入りみたいで。いつも握りしめてます。他にも服もオムツも本も、全部ありがたかったです。お礼をお伝えするのが遅くなってしまってごめんなさい」
頭を下げながら一気にお礼を述べる。
最初の彼女たちの親切が無ければ、スズはここまで穏やかに育つことは出来なかったかもしれない。もしかしたら、もっと早い段階に風邪を引き、最悪の場合はこの世を既に去っていた可能性だってある。それほどまでにドラゴンであるナツキたちの子育て力と情報は不足していた。力不足をヒシヒシと感じ、心が痛くなる。
「いいのよぉ、そんなことは」
「すくすく育ってるのねぇ」
おほほほと優雅な微笑みを向けてくれる奥様方。そんな優しい彼女たちに、張り詰めていたナツキの心がほだされる。
「あの、少し聞きたいんですけど」
「「?」」
「スズ、昨日熱出して。お医者様曰く最近寒いから風邪だって。だけど……俺、気がつかなくて。確かに最近寒くなってたけど、そんなに寒いと思ってるとは分からなかった」
話ながらナツキの頭に浮かんだのは、苦しそうに呼吸しているスズの姿。あんな苦しい思いをする前に気がつけていればと、後悔の念が胸の中を包み込む。
「だから服を買いたいんだ。温かいやつ。他にも帽子とかマフラーとか手袋とか。とにかく身体を温められるような何かがほしくて。あの、どこに売っているのか、教えてください」
ペコリと綺麗に下がった頭。前回告げた『教えてくれませんか?』ではなく、今回は『教えてください』と力強く言葉を紡いだ。
そんな彼の変化に気がついたのだろうか。奥様方は優しい笑顔をより一層優しくして言葉をくれる。
「「大丈夫、いいお父さんになってきてると思うわよ」」
「……ッス、ありがとうございます」
何だか恥ずかしくて頭を上げてお礼を言うことは出来なかったが、感謝の心は届いたと思いたい。
「さて、それじゃあ家にいらっしゃい!」
「ん? え?」
パン!と元気に手を叩いた所で、ナツキを掴みグングンと進んでいく奥様方。この感じ少し前にも経験したような気が……
「え、あの……」
「冬服はかさばるから荷物になっちゃうけど、持てるわよね? たくさんあるのよぉ」
「え、いや、俺お店を教えてもらえればよくて……」
「お金は大事なんだから、貰えるものは貰っておく方が今後のためになるのよ!」
「いやでも、今回も頂こうと思って声をかけたんじゃなくて」
「分かってるわよ、大丈夫。だけどね新品がいいってこだわりがあるんだったら、もちろん無理には言わないけれど、こちらも処理に困っていた物だからあなたたちさえ良ければ貰ってくれる?」
いつぞやにも同じような会話をした気がするが、本当に彼女たちの気遣いと思いやりには感謝の気持ちしかない。
「……ッス、助かります。ありがとうございます」
再び、彼は奥様方のお宅へお邪魔する。そして今回もたくさんのお洋服を譲っていただいた。
※※※
「ただいま」
「たくさんの荷物ですね。お金足りました?」
「いや、これ全部タダだから」
「!? まさか万引きですか!」
そして家に帰れば前回同様、千景には万引き犯に間違えられて、いかに万引きがお店に迷惑をかけ、たくさんの人たちの想いを踏みにじる最低最悪の行為なのかという話を小一時間語られるナツキなのであった。
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