第31行目 帰ってきた日常
スズが熱を出した次の日。
「スズ? 朝だぞ」
「うー」
ナツキが声をかけると、パチリと目が開いたスズ。くりくりのおめめでナツキの顔を見つめる。いつも通りの彼女の反応だ。
「大丈夫か? 身体しんどくないか?」
それでもまだ心配なナツキ。スズの身体に触れて温度を確かめる。寝起き故に布団に籠もっていた熱で温かい気がするが、病的なものには思えない。熱は下がったのだろう。
「良かった」
「キャッキャッ! なーなー!」
ナツキが触れた手がくすぐったかったのだろうか。スズから笑みがこぼれた。それは普段と変わらない、元気な彼女の笑顔だった。その笑顔を見て、安心で瞳から涙が零れそうになる。
「お! スズおはよう」
「どう? 治った?」
「大丈夫そうですか?」
奈央、ゼン、千景がゾロゾロとスズの部屋を覗きに来た。ナツキは滲んでいた涙を乱暴にゴシゴシと擦って、彼らに笑顔を向ける。
「大丈夫だと思う。いつも通りのスズだよ」
「わぁー、だだぁー! じじ、ちぃ、ぜー!」
「「「良かった~」」」
ナツキの答えと元気そうなスズの声を聞き、三人からも安心の声が漏れた。
「さぁ、ご飯にしよう。病み上がりのスズはしっかりゆっくり食べないと!」
ナツキが明るく宣言し、いつもの日常へと戻っていく。
※※※
「俺、スズの服買ってくるよ。温かそうなやつ」
「行ってらっしゃい」
朝ご飯を食べ片付けを終えるや否や、そう宣言してナツキが消えていく。
今回のスズの熱騒動。最近寒くなってきたことも影響しているだろう。
奈央たちは今は人間の姿に擬態しているが、ドラゴンという特性上、寒さや暑さに対して強い身体の造りをしている。そのため温度の変化に対しては多少鈍感である。
しかし、人間でしかもまだ幼いスズは、ただでさえ温度調節が苦手である。そんな彼女は周りの大人が、着る服などを調整してあげるしかない。
「スズは今日はお部屋の中でじぃと遊ぼうな」
「あぅー! じじ!」
ナツキの背中を見送った後、奈央がスズに話しかけている。
元気になったように見える彼女だが、またぶり返して熱が出ては大変である。少なくとも今日は部屋の中での遊びの方が安全だろう。
「さて、スズはどの子がお気に入りなのだ?」
スズの前に並べられるのは、カラフルで可愛らしい動物のぬいぐるみたち。それらは親切なご婦人方からいただいた、愛情こもった代物である。
「あー」
奈央の問いかけを受けスズが選択したのは、真っ白なウサギのぬいぐるみ。テレビを観る時も絵本を読む時も傍に置きたがるのは、この子。最初の頃からそうだか、スズはいつもウサギさんの耳の部分をムギュッと持って運んでいる。出来れば違う所を持ってあげてほしいなと思うのだが、なかなか改善されない。
「ウサギか。そうか、スズはウサギが好きなのだな。あい分かった」
「うしゃー?」
「ちょっと待っておれ」
不思議そうに見上げてくるスズの頭をポンと撫で、奈央が部屋から出て行く。一体何をしに行ったのだろう。何となく悪い予感がしなくもないが……。
「取ってきたぞ」
ものの数分で帰ってきた奈央。「帰ったぞ」ではなく「取ってきたぞ」と彼が告げた段階で、先ほどした悪い予感が見事に的中するような気がしてきた。
「ほら」
奈央の手元には、可哀想なくらいにブルブルと震えているウサギちゃんが。更に無慈悲なことに、耳をガシッと持たれている。だからその持ち方は止めなさいと言っているのに。スズがぬいぐるみの耳の部分を持つのは、奈央の影響ではなかろうか。何とも教育に悪い。
「最初の頃も庭に来ていたウサギに興味を持っていたものな。そうかそうか。もっとたくさん取ってこようか?」
「奈央」
もう少しでこの家がウサギさん大家族にやるかと思われたその時、奈央の手からウサギさんが奪われる。奪ったのは……
「ウサギは丁重に扱ってください。そんな所を持っては可哀想です」
千景である。彼はウサギさんの耳を持つことなく、きちんとお尻の辺りを手で支えて持ってくれた。ウサギさんの震えも幾分落ちついたようだ。
「おぉ、それは済まなかったな。千景、その子をそのまはま持っていてくれるか。俺は新たなウサギを取ってくる」
「ダメです、増やさないでください。そしてこの子も山に帰して来なさい」
「えぇー、何故だ。スズはウサギのぬいぐるみが好きだろう? だからスズが喜ぶかと思ったのだ」
「ちなみに聞きますが、スズがクマのぬいぐるみを選んでいたら、クマを捕まえてきていたのですか?」
「もちろん!」
ドヤァとした顔をされても。クマなんてそうそう簡単に捕まえてこられても困る。
「いいですか、奈央。ただでさえ人の子はか弱いのです。それに加えてスズはまだ幼い。最弱の中の最弱。最弱中の最弱なのですよ!」
そこまで言わなくてもよくないですか。確かにドラゴンである千景たちに比べたら、それだけ最弱を並べたくなるかもしれないが、あまりにも弱すぎる。
「なるほどな」
「えぇ、ですから危険な物は近づけてはいけません! 怪我をして死んでしまったら大変です」
「あい分かった」
風邪で熱を出し苦しい様子が記憶に新しい今日、その事実を奈央に伝えることが出来たのは大きかったかもしれない。彼の中でスズの最弱度が上昇し、幾分丁寧に接してくれることだろう。
「しかし危険な物とは? 俺たちドラゴンの基準だと危険な物の方が少なくなってしまう」
「そうですね……」
奈央の問いかけに考え込む千景。ドラゴンという生い立ち故にほとんどの物は彼らの脅威にはならない。そのため……
「尖って鋭いもの以外は基本的に大丈夫だと思います」
判定がガバ過ぎるのである。
「ではウサギさんはいいのではないか? フワフワだぞ?」
「ダメです。爪で引っかかれたら大変ですし、歯も鋭いので噛まれたら脅威になり得ます」
「なるほど」
おっと、これは意外に危険な物は排除できる判定基準なのだろうか。
何はともあれ、スズに尖って鋭い物は近づきそうにないのでとりあえずは良しとしたいところである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます