第34行目 ゼンお店へ
テクテクと山を下り、歩き続けること30分強。やっと赤と緑が目印の某コンビニへやって来た。
そのコンビニの入り口近く。真っ赤なポストが。鞄から封筒を取り出し、ポストに入れた。これでひとまず安心。
「いらっしゃいませー」
のんびりとした店員の歓迎の言葉を耳にしながら、まずレジの前を通りパンの売り場へ向かう。さり気なく目線だけをレジの方へ動かし、ナツキからオーダーされたチキンがあることを確認した。5個以上はストックされていたため、他の客が購入したとしても十分保つであろう。
そして角を曲がり、パンの売り場へ。さっそく千景オーダーのホットドッグを見つけ、籠に入れる。
そのままパンコーナーを突っ切り、お菓子コーナーへ突入。あれだけ疲れるやり取りをしたのだ。何か自分へのご褒美があっても、誰も文句は言わないだろう。
苦めなチョコがいいなぁ。僕ね甘すぎるチョコは苦手なんだけど、べつにチョコが嫌いな訳じゃない。今日は特に脳が糖分を欲している気がする。
「んー」
十分に吟味すること約10分。これこそ!と思う至極の一品を手に取り、籠に入れた。
「ふふん」
帰ってからの楽しみを想像して、満足げに息を吐き出した。あと残りは奈央からオーダーされたアイスを籠に入れ、レジでナツキのチキンを注文すれば任務完了。早く家に帰ってこのチョコを堪能したい。
再びレジの前を通り、きちんとチキンが残っていることを確認して、アイスのコーナーへと進む。だけど……
「ぬ……」
通路の先に広がっていた光景に、つい苦しい声が漏れると共に、歩みが止まってしまった。むしろ引き返し、若干影になっている部分に隠れざるを得ない。そしてその影から眉間にしわを寄せ、アイスコーナーを怖い顔で凝視する。
ちょっと誰? 不審者呼ばわりするのは。違うからね、僕のこの行動には理由があるからね。それは……
「それでね!」
「えー、そうなの!」
僕の目線の先には、キャッキャッと話し込んでいる奥様方の姿が。僕も普段なら楽しそうだなと思う程度でここまでの行動は取らない。だけど今回は奥様方の場所が悪かった。これから僕が籠に入れそうと思っていたアイスの近くなんだよ。あの奥様方に退いてもらわないとアイスを買うことは不可能。
皆さんなら奥様方に「すみません……」と話しかけて退いてもらうという選択肢も浮かんだと思うけど、小心者でビビりで人見知りで内気で他者と話し慣れていない僕には、その選択肢は浮かぶけど、もちろん実行するつもりはない。全くない。
「そうなのよぉ、旦那がね」
「あらあらまあまあ、うちも一緒よ。この前ねぇ」
アイスを選んでいて話し込んでいるのなら、存分に迷っていただいて構わないと、僕は思う。いろんな種類あるからね。じっくりと迷いたいよね。その気持ちはとてもよく分かる。僕もそんな感じだから。だけど、チラチラと聞こえる奥様方の会話からはアイスという言葉は微塵も出てこない。奥様たち特有の長話である。これはどれだけ待っていても、あのアイスのケースの位置が空くことは絶望的かもしれない。困った。
いっそ奈央のアイスだけ無かったことにして買わずに帰ろうかとも思ったが、僕は今、ちょっとアイスが食べたい口になっている。奈央のためではなく、自分のためにも買って帰りたいし、そう言えば出る前にスズも食べたいような反応をしていた気がする。本当に無かったのならまだしも、この展開はダメだ。
「……」
そう言えば思い返してみると、僕はよくあの手の輩に出くわす。
コピー機の前で話している会社のお局様たち。
道のど真ん中でスマホを弄っているおじさん。
エスカレーターの乗り口降り口で突如止まる人々。これは普通に危ない。特に降り口で止まる人族。後ろから昇ってくる人が連なっているんだから、絶対に止まってはいけない。
そういう人たちを見る度に、僕は何故そこに日本人!?みたいな感じで、問いかけたくなる衝動にかられるけど、もちろん小心者の僕には出来るはずもない。出来ることと言えば、せいぜい自分はああいう風にはならないように周りを見られる人になりたいという決意を固めることくらい。
そして今日も今日とてその決心を固く心にしているんだけど、まだ奥様方は退いてくれない。どうしたものか。アイスは溶けてしまうと思い、レジに持っていく直前に籠に入れようとしたことが徒となった。もちろん今さら悔やんでももう遅い。
ただ逆転の発想で考えてみよう。神様は乗り越えられる試練しか人類に与えないと聞いたことがある。まぁ、僕は人類ではなくドラゴン類なので、適応範囲外の可能性も高いんだけど、この際細かいことは気にしないと決めた。
そういうことで理論的に考えると、今回のこの困難な状況も必ずや乗り越えられるはずだ。
さて、やはりここは先ほど思いついた、近くまで行き、『すみません』と声をかける方法が一番良い方法だと思う。そうすれば恐らく奥様方は退いてくださるだろう。でも再度のお伝えになるけど小心者でビビりで人見知りで内気で他者と話し慣れていない僕にとっては、いささかハードルが高い。
そうすると僕が出来そうなことで、奥様方にも悪い気持ちを抱かせない自然なやり方と言えば……あれしかないな。
「んー」
その方法とはつまり、アイスを悩んで見ている人を装い、ジリジリと目当てのダッツアソートの場所へと移動する方法だ。もちろん真面目に選んでいるフリをするため、『適度な時間立ち止まる』ことと、あっちにしようかこっちにしようか迷っている感を出すため、『ゆらゆらと揺れながら行ったり来たりする』ことを組み込みながら、ごく自然にダッツアソートの入っているケースの元へ移動していく。こうやって移動していれば、僕の存在に気がついた奥様の方から移動してくれる……はず。
ゆっくりと、だけども着実に僕がその歩みを進めていれば、奥様方の視線範囲内に突入した。そして……
「それでね、息子がねぇ」
「そうなのよ、旦那がねぇ」
僕の存在に気がついた奥様方は話を進めながらも、足はコンビニの出口へ。そのまま店内から消えていった。それと同時にほぅと息が漏れる。作戦成功して良かったぁ。
これはかなりおだてて調子に乗って考えると、今回の作戦は小心者でビビりで人見知りで内気で他者と話し慣れていない僕にとっては、一歩、いや二三歩くらい前進する快挙だったのではないだろうか。皆様もし良ければ、僕へ盛大なる拍手を送っていただけると嬉しく思います。
まぁそんなこんなで、無事にアソートボックスを手に入れた僕は、レジへと進み会計を終えた。ちゃんと店員さんへ「ななチキンください」の言葉も忘れていない。
「ありがとうございやしたー」
のんびりとした店員さんの言葉を背中に受けながら、僕はコンビニを後にする。
自分自身の目的も果たし、三人から頼まれた物も無事に入手し、僕の買い物は幕を閉じる。
「疲れた」
行きよりも数倍やつれた顔をして、僕は帰りの30分強を歩いて帰る。
早くチョコレート食べたい。
以上、ゼンでした。もう僕に話振らないでね。
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