第27行目  お餅食べます

「鏡餅っていくつ作る?」


 突き立てのお餅をもちーんと伸ばして切りながら、ナツキが千景に問いかける。


「玄関とリビング、納屋と後は……んー、8飾りですかね」

「オッケー」


 もう今年という年が終わる、今日はそんな最後の日。12月31日である。

 やってくる新しい年に備えて、みんなで準備を進めていた。


「そろそろ花餅を作るぞぃ。ナツキ白の分はもう終わったな?」

「うんいいよ」

「今年は何色?」

「いつもの赤、黄色に加えて緑を試そうと思う」

「いいねぇ」


 コネコネと餅米をこねながら楽しそうに奈央が告げている。


 花餅という言葉を聞いてピンとくる方はもう少ないだろうか。

 餅に食紅を入れて混ぜ、その餅を木の枝に飾り付けるという物である。一般的には紅白の餅を枝に順番に付けて飾る縁起物。家に飾っておき、3月の雛祭りの頃に枝から餅を取り外し、油でカリカリに揚げれば美味しい雛あられが完成する。この家ではいつの頃からだったか、花餅を作るのが毎年年末の恒例行事となっている。


 そして先ほどの奈央とゼンの会話から分かるように、紅白以外に色を用意し色鮮やかな花餅を毎年用意している。


「ばぁばぁ!」

「スズはこちらで一緒にお餅を巻きましょう。さて、この赤色はどの枝がいいですか?」

「あぅ!」


 鏡餅作成部隊であるナツキの手元にダイブしようとしていたスズだが、もちろん千景に止められた。ナツキは今餅に片栗粉をまぶしながら、コネコネとしている。そんな中にスズが飛び込めば、たくさんの片栗粉が宙を舞うことが想像に硬くない。

 もちろん片栗粉の触り心地が大好きな奈央は、片栗粉を満喫し放題なこの行事に満面の笑みである。


「キャッキャッ!」


 そして千景の呼びかけでスズの興味は花餅へと移った。彼女としても色とりどりのお餅の方が心惹かれる物があるらしい。楽しそうな声を上げながら、どんどん飾り付けている。




※※※




「餅焼けたぞ~」


 そんなこんなでみんなで飾り付けるお餅を作り終え、一息ついた頃。お昼ご飯として食べるためのお餅たちが完成。


「僕きな粉がいい」

「私は醤油で!」

「では俺はあんこ!」

「はいはい」


 テキパキとそれぞれの要望通りにナツキが味付けをしていく。焼きたてでモチモチなお餅が机の上に並べられた。それでは早速……


「「「「いただきます!」」」」


 手を合わせていただきます。


「うー」

「スズはこっちな」


 お餅を詰まらせると大変なスズには、お菓子を用意してある。子供用のお皿の上に、可愛らしいコロコロとしたお菓子が乗った。


「スズはもう少し大きくなったら一緒に食べましょうね」

「ナツキ、網を触ると危ないからもう少し遠くにしたら?」

「ああ、ありがとう」


 お餅の焼き網の位置を調整したり、スズの口にお菓子を運んだり、ジュースを取ってきたりと何だかんだ忙しいナツキと千景とゼン。そんな中……


「スズ、見ろてみろ」

「う?」


 一人だけ、そうただ一人だけ。奈央だけがのんびりとした雰囲気のまま食事を楽しんでいた。


「伸びるぞ」


 もちーんと伸びているお餅を突然見せびらかしてくる奈央。良い子は食べ物で遊んではいけません。

 しかしそれを見てスズがキャッキャッと笑った。もちろんそれに気を良くした奈央は、たくさんのお餅を口に頬張りながら遊び始める。しかしすぐに……


「んっ!?」


 ケホッコホッと苦しそうに咳き込んだ。そりゃあ、5個ものお餅を一気に口に入れて咀嚼したのだから、それ相応の報いは覚悟しなくてはいけないだろう。


「ゴホッゲホゲホッ」


 かなり苦しそうに咳き込んでいるが、奈央はもう1000歳を超える超高齢者。諸々の機能の衰えは著しく、入ってはいけない所に入り込んでしまったお餅に苦戦しているようだ。

 赤くなったり青くなったり緑になったりと一通りした後、一瞬白色までたどり着いてしまったが、間一髪の所で事無きを得たようで、何とか一命は取り留めた。


「ゲホッ、憎き餅め。こんな危険な食べ物はこの世から駆逐せねばならない」


 ゼェハァしながら、奈央は餅を睨んでいるが、今回お餅さんは悪くないのではなかろうか。一気に頬張り過ぎた奈央に非があるように思う。


「モグモグ……全く大袈裟ではないですか。こんなに、モグ、美味しい食べ物なのに……ケホッ!?」


 奈央をいさめようとしていた千景だが、彼も盛大にむせ込んだ。高齢者の方々はお餅を食べながら話をすると危険なのでぜひとも控えていただきたい。

 千景は一つのお餅しか口に含んでいなかったため、何とかすぐに復活を果たした。


「危なかったです、油断しました」

「ほらほら、奈央も千景も高齢者なんだからさ、気をつけて食べないと」

「この家には高齢者と幼児しかいないんだから、いろいろ気をつけようね」


 息も絶え絶えな千景にコップの水を手渡しながらナツキとゼンが声をかけている。

 この家、最年少はもちろんスズであるが、その次に若いのは400歳のゼンである。圧倒的に高齢者が多い。若い人たちなら何でもないことが、彼らには致命傷になりかねないことも多々あるだろう。ぜひとも自分たちの年齢を自覚しながら気をつけて生活してほしいものである。


「餅はもちろん危険なんだけどさ、餅に限らずたまにめちゃくちゃむせる。この前水でむせた」

「あー、分かる。水でムセたらもうどうしようもないじゃん。諦めるしかないよね。大人しくムセた」

「あはは」

「あはははっ」


 『あははっ』と笑いながらナツキとゼンが誤嚥トークを繰り広げている。みなさんご高齢なので大事にならないようにぜひとも注意してくださいね。


「あばばー、ばばー」


 そしてスズはお菓子をよーくモグモグと噛んでゴックンとした所だ。彼女には高齢者たちの真似をせず、いつまでもよく噛み、健やかに成長していってほしい。

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