第26行目 本気をみせてやる
よ! 俺ナツキ。600歳のまだまだ若いドラゴン! さっき千景が話してたけど、あいつより俺の方がちょっとだけ年上。
さて、いきなりマイクを渡された訳だけど、どうしたものか。
え? なに? テキトーに話してくれればいいって? あのなぁ、そのテキトーとか何でもいいっていうのが一番困るんだぞ。
……あ、それで思い出した。あの話をすることにしよう。
コホン。みんなも経験あるんじゃないかな。「今日の晩ご飯何がいい?」って聞いた時に、「何でもいい」って返事が来たときの腹立たしさを。「何でもいい」って言うけど、実はあれ何でも良くないだろう? とりあえず作ったって「あれが良かった」「これが良かった」って文句がつく時がほとんど。本当に蹴り殺してやろうかなって殺意が沸くんだよな。
あぁ、結構頷いてる方も見えるけど、やっぱりみんなそうなんだな。どこの家庭も大変だよ。毎日の献立を考えるのって、疲れるし正直面倒くさいよな。分かるわ~その気持ち。
※※※
あれは俺が料理担当になってから、15年くらい経った時の出来事。
最近ではグググ先生の活躍もあり、献立を考えるのがだいぶ楽になった。ほどほどには俺のレパートリーも増えたからな。まぁ、それでも何を作るか考えるのは面倒くさいし、俺一人の食事ならともかくみんなの分も作るって考えると、テキトーには作れないから、これもまた困る。栄養バランスとか考えないといけないからな。
いや、でもこれが毎食毎食って結構面倒くさいぜ?
「奈央、今日のご飯、焼き魚とボロネーゼどっちがいい?」
そして最初の10年間くらいで、俺は学んだ。「何がいい?」って聞くと大抵「何でもいい」ってみんな答える。だけど自分の好みの料理じゃないと後から文句が出ることが多い。だから最近は二択で問いかけるようにした。冷蔵庫の状況と食材の賞味期限を考慮しての二択。この方法なら料理を考えるのが少しだけ手間だけど、後から文句を言われることは全くないんだよ、不思議なことに。この方法には俺の精神安定上とても重大な意義がある。
「どっちがいい?」
「んー」
俺の問いかけに対して難しげに悩み込む奈央。
ちなみに奈央の好物は肉だ。だからどちらか片方の選択肢が肉だったら、十中八九肉の方を選ぶので、ボロネーゼの方が若干の優勢である気がする。だけどたまにお肉とは関係ない物を選ぶ時もあるので、こればかりは彼の気分に任せるしかない。さて今日はどっちを選ぶだろう。
「そうだな~」
悩ましげな彼の答えをしばらく待っていれば……
「からあげ!」
「話聞いてた?」
ドン!っと言った態度で選択肢以外の答えを叩き出してきた奈央。いや勘弁してよ。からあげなんて俺一言も言ってないじゃん。ついに耳も可笑しくなったの、奈央は。
「焼き魚かボロネーゼ、選択肢はその二つしかないよ。どっちか選んで」
「いやそうなんだけど、俺はからあげが食べたい腹なのだ」
「知らんがな」
ポポポンとお腹を叩き、からあげを所望している奈央。図々しいにも程がある。
「無理だよ、材料ないもん。今度作るから今日は焼き魚かボロネーゼのどっちかだよ」
「えー、やだぁ」
そんな子供のような言い方をされても、無理なものは無理である。
「いやだ! からあげが食べたいのだ!」
しかし全く言うことを聞いてくれなくて、奈央は駄々をこね始めてしまった。床に大の字に寝転がり、手足をバタバタと。その様はまるでお菓子を買ってもらえない子供が如く。
「駄々をこねてもダメだから!」
「やだ!」
「やだって言われても無理なものは無理!」
「食べたい!」
「今度作るから、今日は違うやつ食べて!」
「いやだ!」
「あーもう! わがまま言わないで!」
「むむ……どうしてもダメだと言うのなら仕方があるまい」
そう言いながら、ジタバタとしていた姿勢から整えてくれた。ふぅ、ようやく奈央も諦めてくれたのか。良かった。頬はまだ膨れたままだけど。
近いうちに晩ご飯はからあげにしてあげよう。奈央の分だけ少し大きめのからあげにして個数も多く彼用にしてあげよう。だから今日の晩ご飯は焼き魚かボロネーゼのどっちかだよ。きっとこの後答えを告げてくれるんだよね。からあげが肉系だから、やっぱりボロネーゼが優勢かな。
俺はそんな平和なことを考えていたんだけど、現実はそんなに甘くなかった。
「ナツキ」
姿勢を整えた奈央が静かに俺の名前を呼んだ。それは普段と変わらない声音で、本当に自然に発せられた声だったのに、俺はその後に続いた彼の言葉に打ちのめされることになる。
「本当の駄々のこね方をみせてやる」
「え……」
ドヤァとした顔をしながら、衝撃的な発言をする奈央。
え、嘘だろ、さっきまでも駄々こねてたけど。あれはまだ奈央の本気じゃなかったっていうことか。大の字で寝っ転がって、手足をバタバタと相当やってたぞ。大の大人がやるには羞恥心とかプライドとか社会性とかいろんなその他諸々を捨てないといけないくらいの駄々のこね方をやってたぞ。それが……まだ本気じゃなかった、のか。まだ上があるのか。そんな、信じられない。
「だてに1000年の時を生きていないのでな。この長い年月で培われた俺の本気! しかと刮目せよ!」
※※※
結局その日の晩ご飯は奈央の要望通りからあげになったんだけど。あの後奈央がどんな行動をしたのか、思い出すのも恐ろしいし、あいつの名誉のためにもこの話はここまでにさせてほしい。
だけどみんな覚えておいた方がいいぞ。恥も躊躇いも外聞も捨てた、なりふり構わない1000歳の本気ほど恐ろしいものはないって。ほんと、気をつけろよ。
あれ以降奈央にだけはご飯何を食べたいか聞くのを止めた。もしまた同じことが起こったら俺の心が保たない。あんなことが二度もあってたまるか。
と、いうことで以上ナツキでした。聞いてくれてありがとな。
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