第25行目  麻雀

「では、始めよう」


 とある日、夕食も終わり夜も深まってきた頃。奈央が神妙な顔で宣言したことでゲームがスタートした。机の上ではジャラジャラと駒が音を立てる。


「あむぅー」

「スズにはまだ麻雀は早いぞ」


 駒に手を伸ばしかけたスズを奈央が制す。

 そう、彼らがこれからやろうとしているのは麻雀。もちろん何か賭けたりする違法なものではなく、奈央、ナツキ、千景、ゼンの四人でただ勝ち負けを楽しむだけの大人の嗜み。


「四人でやるの初めてじゃないか?」

「随分前にやったようなやらなかったような」

「多分初めてだと思う」

「今宵最強雀士を決めようではないか! はっはっはっ!」


 四人揃って気合い十分。ジャラジャラと駒を混ぜていく。そして交ざった駒を並べ、親やらドラやら諸々決めながら手駒を取っていく。

 さぁ、これで戦いの準備は整った。早速トップバッターのナツキから、ゲームはスタート。トン、トン、トンと心地よい音が耳を刺す中、ゲームは順調に進んでいった。そして……


「ふん、王手である!」


 局面が中盤にも差しかかった頃、得意気な顔で奈央が宣言した。そしてそう言うが速いか奈央は自分の盤面をコロリとひっくり返し、手の内を晒す。


「ん?」


 しかしひっくり返った彼の手を見るも、役が揃っている訳ではないし、これでは上がることはできない。そもそも『王手』という言葉の使い方が間違っているような気がする。


「ちょっと! 何で全部ひっくり返しちゃうのさ! それじゃあ勝ててないよ!」


 手札を確認したゼンから声が上がる。もちろん奈央の言葉違いを注意するよりも、もっと注意しなくてはいけないのはこちらだろう。

 しかしそれに対抗するように、奈央も負けじと声を張った。


「だって、見てみろ! 全種類が揃ったのだぞ! 王手だ、上がりだ。俺の勝ちだ!」

「全種類揃った訳じゃないよ。いろいろ足りてない。それに例え全種類揃ったとしても勝てないからね。そもそも揃えるなんて不可能だし」


 ゼンの言うとおり、奈央の手札は全種類が揃ったと言うにしては程遠いくらいに足りていない。そもそも手札は13枚に対して、駒の数は全部で34種類ある。全種類を揃えることなど到底不可能だ。奈央の手札は東西南北に至ってはまだ東しかない。これで何故揃ったと思ってしまったのだろう。


「あやぁ?」

「はは、奈央甘いな。上がるというのはこういう状態を指すんだよ」


 そして得意気な顔で次に手札をひっくり返したのはナツキである。


「国士無双だ!」

「いや、全然違うんだけど」




※※※




「ねぇ、ちょっと待って。みんなルールちゃんと分かってる?」


 何だか嫌な予感を覚えたゼンが、ゲームを一時中断し話を振る。そもそも続けたくても四人のうち二人が、上がりでもないのに手の内を晒してしまっているため、続けようにも続けられない。


「ポンと言うことがある!」

「ニャーと言ってもいい!」

「ワンでもピヨでもいい!」

「うわぁ、全然分かってないじゃん。最悪」


 奈央たちの答えに頭を抱えるゼン。ちなみに上記発言は千景、ナツキ、奈央の順に発言した。千景の答えには微かにルールを知っていそうな雰囲気を感じるのだが……


「私はもう一つ重大なルールを知ってますよ! このゲームでは革命を起こせるかもしれないのです!」

「それは違うゲームのやつぅ」


 千景に一縷の望みを託したかったゼンだが、残念ながら他のゲームと混ざった解答が返ってきた。四人中三人がほとんど麻雀のルールを知らないこの状況。これではちゃんとした麻雀など出来るはずもない。むしろさっきまでよくぞゲームが進んでいたものだ。


「これは詰んだな。ちゃんと麻雀出来るかと思ったのに」


 三人の答えを聞いて絶望を隠せないゼン。実は彼だけはきちんと麻雀のルールを知っている。数十年前に他のドラゴン仲間たちと麻雀を行い、そこでみっちりとルールを学んだのだ。そして麻雀ならではの頭脳戦、心理戦など駆け引きの楽しさを知った。

 ちなみに奈央たちの様に人間界と関わりを持って暮らしているドラゴンたちは少ない。ほとんどは山奥や海底などでヒッソリと静かに暮らしているが、何分やることがなく暇なので、人間界の娯楽を取り入れたりしている。


「イーペイコー!」

「タンヤオ!」

「ホイコーロー!」


 そしてゼンがチラリと彼らの方を見れば、どうやらカッコいい名前を言いたくなる症候群のようだ。ルールブックを片手に技名のように次々と繰りだしているし、最後のものに関しては料理名を叫んでいるだけである。


「ねぇ、ルール覚えてやった方が絶対楽しいよ?」

「いやいや、こんな複雑なの覚えられる訳ないじゃないですか」

「ルールを知らないなりにも楽しみたいお年頃何だよ俺たちは」


 1000歳を越える奈央から600歳の千景まで、お年頃として捉えるにはかなり幅広い年齢層であると思うのだが、最年少である400歳ゼンには分からない世界なのかもしれない。


「ばばーん!」

「あ! スズ!」


 引き続きゼンが頭を抱えていれば、ドンガラガッシャーンと、盛大な音が響く。目を向ければ、ちょうどスズが駒にダイブしたところだった。綺麗に詰んであった駒たちは、見るも無惨な状態に。これではゲームを続けることはとても出来ない。


「よし、スズも楽しめるようにドミノにしよう」


 そう言うが早いか、奈央は散らばった駒たちを集め、ゆっくり慎重に並べていく。


「だぁ! だぁ!」

「おぉ、倒すのが楽しいか? そうかそうか」


 もちろん並べたそばからスズが倒していくので、ドミノではなく違う遊びになってしまっているのだが。双方楽しそうであるため、そのまま続いていく。


「折角麻雀を楽しめると思ったのにぃ」


 唯一真面目に麻雀をやりたかったゼンだけがつまらない顔をしているが、こうなってしまっては仕方がない。スズが楽しそうなので良しとしよう。ゼンも一緒にドミノを楽しむことにした。めでたしめでたし。

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