第24行目  ゴツン

 とある日、心地よい日差しが気持ちよいお昼過ぎ。


「ぶぁー」


 お昼寝から目覚めたスズはただ今お部屋の中を探索中。以前Wi-Fiの箱を引っこ抜いた前科があるので(第13行目参照)ナツキの監視下の元で元気に探索中である。監視下といっても、ナツキは同じ部屋で炬燵に入りながら寛いでいるだけではある。


「あうー」


 部屋の隅、ぬいぐるみたちを置いてある所にハイハイで進んでいくスズ。ぬいぐるみは親切な奥様方からたくさん譲っていただいていた。イヌ、ネコ、ゾウ、クマなどなど。愛くるしい子たちが、今日もまたスズに遊んでもらえるのを待っている。

 そんな数々のぬいぐるみたちが居る中で、スズのお気に入りの子と言えば……


「うー!」

「うんうん、ウサギさんだなぁ。スズはその子がお気に入りだよな。よく持ってる」

「だぁ! ばばば!」

「でもね、耳を持つのは可哀想だから止めたげて」


 ブンブンと元気よくウサギのぬいぐるみを振り回すスズ。しかも耳の部分をムギュッと持って。

 この白色のウサギさんのぬいぐるみがスズの一番のお気に入りである。もちろん他のぬいぐるみたちとも遊ぶのだが、よく一緒に居るのはこのウサギさん。


「キャッキャッ!」


 今日も今日とて、ぶぶぶぶん!と勢いよく振り回している。ぬいぐるみとの遊び方は果たしてそれで合っているのだろうか。本人が楽しいのなら別に問題はないのであろうが。


「あー!」


 そして、ぶぶん!としたその一撃で、ウサギさんがスズの手を離れ宙を舞う。部屋を飛び出して、廊下にポテッと落ちてしまった。なかなかの飛距離が出たものだ。


「ぶぶー!」

「取っておいで~」


 スズは故意ではなくただ手を離してしまったようで、ほんの少し不機嫌そうに頬が膨らんだ。そして炬燵に入っているナツキが代わりに取ってくれることは期待出来ないので、自分でハイハイしながらウサギさんを回収する。


「どー?」


 無事にウサギさんを回収したスズ。ふと顔を上げれば、少し先の部屋に灯りが付いているのに気がついた。扉の隙間から光が漏れているのだ。誰かが中に居るのだろうか?

 中に居るのは誰だろう。ここで待っていれば、相手が出てきた時に驚かせることが出来るだろうか。

 そんなルンルンとした気持ちを抱えながら、スズはハイハイで扉を目指していく。


「スズ~あんまり遠くに行ったらダメだぞ」


 そう言いながらも炬燵から出てくる気配はないナツキ。この扉の前までくらいなら、ナツキの視界にも入っているため、強制回収されることはないだろう。

 そう思いながらスズは扉の前までたどり着き、そしてその前にちょこんと座った。


 中に居るのは誰だろう。今日は平日だからゼンは仕事で出かけてしまっている。となると奈央か千景だが、千景は先ほど外で洗濯物を干していた。そうすると奈央が中に居るのだろうか。


 ワックワクでスズは扉の前で待ち構える。するとしばらくしてジャーと水の流れる音がした。そして扉がひら……


「あ」


 ナツキがそう思った時には遅かった。残念ながらこの扉、部屋の中から廊下側に押して開けるタイプの扉であるため、開いた扉がスズの額のど真ん中を直撃。ゴツンと痛そうな音が響いた。


「え、スズ!? すまぬ、そこに居るとは思わなかったのだ。大事ないか?」

「……」


 そして顔を真っ青にしてスズの前にしゃがみ込んだのは奈央。トイレで用を足して出てきたらスズが居たので、とても驚いて慌てている。

 奈央がスズを見つめるが、彼女はその瞳をただ見つめ返すだけ。結構痛そうな音がしたのだが、音の割にそんなに痛みや衝撃は大したことなかったのだろうか。ふぅと、安心して息が漏れたのも束の間。


「う゛」


 すぐにスズの瞳が潤み始め、じわじわとその瞳を溢れ出す。そして……


「うわぁぁぁああん!」


 堰を切ったような大音量で泣き始めた。そりゃあ痛いですよね。


「すまぬすまぬ、痛かったよな。そうだよな」

「あぁぁあん゛」


 スズの涙にオロオロしながらあやすも、そうすぐに痛みが引くはずもなく。ギャン泣き状態である。


「ほらとりあえず冷やそう。スズおでこ冷たくなるぞ」

「うわぁぁぁああん」


 もちろん一部始終をしっかりと目撃していたナツキも参戦し、おでこの応急処置に当たる。多少皮膚が赤くはなっているものの、出血していないしたんこぶも出来ていない。


「すま、ぬ。ごめんよぉ、スズ。俺が悪かったのだ。泣き止んでおくれぇ」

「きっと冷やせばすぐ良くなるからな。それまでの辛抱だぞ」

「うわああん! あ゛あ゛あ゛」


 バタバタと手足も動かして、身体全体で痛みを表現しているスズ。これは痛みの波が引くまで、落ちつきそうにはない。奈央が彼女の背中を擦りながら、あやすのだが……


「うぅ、グスン」

「おい待て。なんで奈央が泣くの」


 スズを抱きしめている奈央が何故か涙目に。


「だってぇ、こんなに痛そうな想いをさせてしまうだなんて。俺は、俺はなんてことをしてしまったのだろう!」


 確かに可哀想ではあるが、わざとやった訳ではないし、そこまで責任を感じなくても良いのではなかろうか。


「よよよ」


 しかし奈央自身は相当ショックな様子。その瞳からポロリと涙が溢れ出す。


「よよよよよよ」

「あぁん゛、うわぁぁぁん゛」


 奈央とスズの涙のコラボレーションである。素晴らしいハーモニーで泣き声を家中に響かせ始めた。


「もう俺も泣いて良いかな」


 収拾のつかないこの状況に、ナツキも泣きたくなってきた。




※※※




「もう痛くない?」

「んふっー」


 しばらくして、ようやく痛みの引いたスズのおでこ。その後皮膚の赤みは引き、改めてたんこぶが出来上がるということもなかった。

 今、スズはご満悦でオレンジジュースを堪能している所である。


「良かった良かった。ズズー」


 そしてこちらも無事に泣き止んだ奈央。ニコニコのスズの隣で、紅茶を啜っている。


「ビックリした、スズが泣いたのって初めてじゃない?」

「そう言えばそうさなぁ。あんな風に泣くとは思いもしなかった。凄い大音量だったなあ」

「俺はお前が泣いたのにも驚いたけどね」

「はっはっはっ。良きかな良きかな」


 1000歳を超える高齢者と幼子の涙のハーモニー。なかなか機会のない貴重なものを聴けて今日は素敵な日になるのだろう。めでたしめでたし。

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