第23行目  泥団子

「うっー、んぅー」

「おお、スズ、上手にできたな」

「わー」


 ナツキがスズの頭を撫でると、嬉しそうに彼女が笑う。

 ここは畑。普段は奈央がスズと畑で遊ぶことが多いのだが、今日は珍しくナツキが連れて訪れていた。奈央は今埃っぽい蔵を片付けている。そんな場所にスズを連れて行く訳にはいかない。というわけで、今二人で泥団子を製作中。まん丸とした可愛らしい団子たちが並べられている。


「あー、んぁー!」


 スズはドロドロになりながらも楽しそうに泥遊びを満喫している。そんなキャッキャッとしているスズを優しい瞳で見ているナツキ。スズと暮らして数ヶ月が経過。最初こそスズとの同居に否定的だったナツキだが、今では賑やかな日々を彼も楽しんでいるように見える。


「お? 何をしているのだ?」

「あぁ、奈央。お邪魔してるぜ」

「おっおっ」


 そんな中、畑担当の奈央がやってきた。蔵からいくつか種を持ってきたのだろう。小袋とそして空の籠をたくさん持っている。これから野菜たちの収穫もするのかもしれない。

 そして奈央の目線はスズたちの手元へ。そこには先ほどまで作成していた泥団子たちが。


「泥団子か」

「あい」


 ニコニコした奈央の前にトンッと泥団子を置いたスズ。キラキラとした瞳で奈央のことを見つめた。このスズの表情は恐らく……


「いただこう」

「待て待て待て待て」


 スズの期待の眼差しを受け、何のためらいもなく泥団子を口に運ぼうとした奈央。その手を、間一髪でナツキが阻止した。


「止めてくれるなナツキ。スズの作ったものを食べないなどできるはずがないだろう?」

「いや冷静になれよ、泥だぞ? 食べられるわけないって」

「食べられる! やればできる、何事も!」

「バカ野郎! 正直お前のことはどうでもいいけど、スズが真似して泥団子食べたら大変だろ?」

「それはそうだけれども、このキラキラとした瞳を前に食べる以外の選択肢など俺には存在しない!」

「無理だって!」

「食べる!」

「食べれない!」

「食べる!」


 食べる、食べれないの言い争いが白熱する中、ナツキが若干奈央の意見に押された所で……


「おーお、あー」


 スズの不思議そうな声が彼らの耳に届いた。顔を上げれば、スズの目の前すぐ近くを一匹のトンボがふわーと飛んで行くのが目に入る。


「秋ももうすぐ終わるのに、まだいるんだな」

「蜻蛉か。よしスズ、じいが捕まえてやろう」


 団子からトンボへと奈央の注意が反れた。スズに良いところを見せたいのか、張り切った奈央が腕まくりをして鼻息を荒くする。


「おい奈央。力加減考えろ。めちゃくちゃ考えろよ。スズの目の前でトンボをグシャリとやったらトラウマだぞ、絶対」


 ドラゴンという生い立ち上、力の強い彼ら。繊細な力加減をしなくては、トンボという小さな生き物は一溜まりもないだろう。

 ナツキの警告を聞き、奈央は気配を殺してトンボに近づき、とても微かな力で、とてもとーても微かで繊細な力でその羽根を摘まんだ。


「ほれ、スズ蜻蛉だぞ。綺麗だなぁ」

「わわー」


 そしてそのままスズの目の前へ連れてきてやれば、案の定彼女は大喜び。手をパタパタとさせながら、輝く瞳でトンボを見つめている。


「おぉ気に入ったか? 連れて帰ろうか?」

「虫かごが家にあった気がする。一晩くらい家に居てもらってもいいんじゃないか?」

「ゼンに見つからなければ問題あるまい。それにあの子はうじゃうじゃとしているやつを見るのがダメであって、単体は大丈夫ではなかったか?」

「いや単体でもダメだった気がするけど、うじゃうじゃよりはダメージが少ないと思う。だから大丈夫だろう」


 思いの外スズが喜んだので、奈央とナツキも大満足で持ち帰ろうとしている。本当に大丈夫だろうか。ゼンは先日の昆虫パニックからようやく復活したばかり。また再起不能にならないとよいが。




※※※




「ただいま帰った」

「ただいま」

「あぅー」


 収穫した野菜と蜻蛉を持ち帰った三人。早速ナツキが虫かごを探すため納屋に行こうとしたのだが……


「あれ、三人ともお帰りなさい。今日は早かった、です……ね」


 洗濯物を取り込んだ千景が背後にやってきた。そして彼は奈央が持っているトンボを目敏く見つける。それと共にポケットから取り出したのは……


「千景、待って。これは大丈夫な子だから、その物騒なものしまって」

「スズのために折角捕まえたのだ。殺してはならぬ」


 この前の一件があってから持ち歩くようになった殺虫スプレー。

 奈央とナツキの言葉を聞いて、千景の額に青筋が浮かぶ。


「この家の中にソレを入れるつもりですか? 私はゼンと約束したのですよ。必ず守ると。あなたたちもその誓いを見ていたではありませんか!」


 いまだ妙な騎士スイッチが入ったままの千景。殺虫スプレーを蜻蛉に向けることを止めてくれない。このままではいつ噴射されてもおかしくないほどである。


「いや、確かにそうなのだが。スズが欲しがったから一晩だけでもと」

「ゼンには見つからないようにするから。な、頼むよ。スズも寂しがる」

「ばぁー、だだー」


 スズの名前が出て、ようやく殺虫スプレーを下ろしてくれた千景。ゼンが大切であることと同時に、スズの悲しむ顔も彼は見たくないのだろう。


「んーーー、分かりましたよ。でも今晩だけですよ? 明日には野に放してくださいね。そしてゼンには絶対に内緒です」

「あい分かった!」

「ありがとな、千景」

「キャー!」


 千景からのお許しが出たので、晴れて蜻蛉は一晩だけこの家にお泊まりをすることとなった。

 そして奈央とナツキが全力で蜻蛉をゼンの視界に入れなかったため、翌日ゼンはいつも通り仕事に行けたし、蜻蛉は無事に野に帰った。




※※※




 それから数週間後。


「見ろ、千景。スズとカマキリを捕まえたのだ」

「キャーキャー!」


 畑作業をしていた奈央がスズと共にカマキリを捕まえ、満面の笑みで戻ってきた。


「……」

「待って、千景あれも大丈夫なやつだから。『それって殺すやつだっけ』みたいな顔するの止めて! 無言で殺虫剤取り出さないで!」


 いまだ騎士スイッチから抜けていない千景。彼がその設定から抜けるのはしばらくかかりそうである。

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