第18行目  ドングリ家族その2

「良かったですね、スズ。たくさん取れましたね」

「キャー!」


 千景に話しかけられたスズは、楽しそうな声を上げる。大小形様々なドングリを今日はたくさん集められた。遊べるオモチャが増えて嬉しいのだろう。スズはニコニコ笑顔でご満悦である。


「ほんとにたくさん拾ったな」

「あれだけ雨みたいに降らせたら、嫌でも拾えるよ」

「はっはっはっ、また来年もやるか」


 ピクニックから無事家に帰り、ティッシュの上に今日の成果物を並べた。ずらーっと並ぶドングリたちは圧巻の光景である。


「ばばばー!」

「待て待て、それは食べ物じゃない」

「あうー」


 ドングリを掴み口に運びかけたスズの手を、すかさずナツキが捕獲し、スズからドングリを取り上げた。

 小さい子を育てたことがある方はご経験あるかと思うが、小さい子たちは何でもかんでも口の中に入れたがる。そしてゴックンしてしまう。小さな身体とドングリという組み合わせはかなり危険なコンビである。

 だが、奈央たちはドラゴン。流石の反射神経でスズがドングリを口の中に入れる前に、手元からドングリを奪い取り阻止している。その回数なんと30回以上。必ず一人以上がスズから目を離さず、百発百中で阻止に成功している。何とも頼もしい誤嚥防止装置たちである。

 ちなみに今日紅葉狩りに出掛ける前に、三人は千景からこう告げられている。


「いいですか! スズは最弱で最弱で最弱なのでドングリを口に入れたら死にます!」

「え」

「なんとっ!?」

「か弱すぎる」


 口に入れただけで死ぬ訳ではないのだが、口に入れられたら手遅れと思った方が良い。少し大袈裟に言っている節はあるものの、奈央たちが注意を向けるには、千景からの忠告は十分過ぎた。

 今回のピクニックがスズの人生最初で最後にならないように、四人は頑張ったのだ。そして帰ってきた今でも、ドングリが死因にならないように、必ず目を光らせている。


「わーあ」


 と、いうわけでスズは誤嚥することなく楽しくドングリたちと遊んでいる。


「スズ、見てみろこれを」

「うー」


 奈央がニコニコの笑顔でスズの前に出したのは、可愛らしく顔を描いたドングリさん。くりくりのおめめと、口紅を塗った口が描かれており、何とも微笑ましいドングリである。


「この子の名前は『ぐりみ』歳は33才で、アパレル業界で働いている未亡人」


 ちょっと気になる設定が載せられてしまった『ぐりみ』さん。話の雲行きが怪しいが、このまま進めて大丈夫だろうか。


「そして、こちらの子が会社の同僚である『ぐりお』さんと会社の先輩である『ぐり太郎』さん」


 トトトンと、スズの前には『ぐりみ』さん同様、顔の描かれた『ぐりお』さんと『ぐり太郎』さんが並べられた。『ぐりお』さんは優しそうな顔をしているドングリで、『ぐり太郎』さんはキリッとした眉毛で眼鏡をかけている。


「とある日、会社の倉庫で棚の整理をしている『ぐりみ』さん。順調に整理を進めていたのだが、突然扉の方でカチャリと音が。驚いてそちらをみれば『ぐり太郎』さんが扉を閉めて鍵をかったところであった」


 この会話と登場ドングリたちからお分かりかと思いますが、奈央は最近昼ドラにハマっている。毎日テレビに齧り付きながらドラマを満喫している。その影響がここで出てきてしまった。


「怯える『ぐりみ』さんに対し、容赦なく距離を詰めていく『ぐり太郎』さん。なぁ最近寂しくしてるんだろう? その寂しさを俺が埋めてやろうか?」


 幼女にはかなり刺激的過ぎる内容を話しているが、もちろんスズにはまだ言葉が分からない。奈央の声に合わせて動かされるドングリたちを楽しそうに眺めているだけである。


「止めてくださいと『ぐりみ』さん。彼から離れようと押すも、男性には力は敵わない。『ぐり太郎』さんはますます距離を詰めてくる」

「ほー」

「万事休すかと思っていれば、扉の鍵が外からガチャリと音を立てて開く。現れたのは……」

「ば?」

「息を切らした様子の『ぐりお』さん。急いで走ってきたのだろう。額にはうっすらと汗を浮かべている。大丈夫ですか、ぐりみさん。『ぐり太郎』さん、あなたは一体何をやって……」

「だぁー!」


 物語が修羅場を迎えた段階で、奈央の言葉を遮り、スズがガシィと『ぐりお』さんを掴んで、ポーンと遠くへ放ってしまった。


「キャッキャッ!」


 言葉の分からなかったスズとしては、ととととんとやってきた『ぐりお』さんドングリの動きが楽しかったらしい。


「なるほど、スズは強引な『ぐり太郎』さんの方がお気に入りなのだな。あい分かった。この物語は『ぐり太郎』さんエンドで進めることとしよう」


 スズはただ『ぐりお』さんの動きが楽しかっただけで、決して『ぐり太郎』さんのような人がタイプではないと、彼女の名誉のためにぜひ伝えさせてほしい。

 こうして不慮の事故的な要因で物語の結末が決まってしまった。しかし、奈央は特に気にしていない様子。


「そんなこんなで二人はめでたく結ばれ、『ぐり華』『ぐり松』『ぐり助』『ぐり平』などたくさんの子宝に恵まれたとさ。めでたしめでたし」


 『そんなこんな』と、奈央が省いた部分が重要な気がするのだが、言葉の分からないスズには関係ないし、今この空間にツッコミは不在である。パチパチと手を叩く奈央に倣って、嬉しそうに手を叩いていた。楽しいことは良きことかな。めでたしめでたし。




※※※




「この箱が丁度良さそうだな」


 遊び疲れてスズが眠った夜。昼間に集めたドングリは、お菓子の空箱の中に奈央がしまった。奈央がドングリの雨を降らせたこともあり、箱の中にはギッシリとドングリたちが敷き詰められている。


「これでよし。また次回遊ぶこととしよう」


 パタンと蓋を閉めて、押し入れの中にしまわれる。

 しかし……このドングリたち、実はこれからとんでもない事態を引き起こすことになる。もちろんそんなことは今の彼は知る由もない。

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