第17行目  ドングリ家族その1

「紅葉狩りじゃー!」

「キャー!」


 元気に突き出した奈央の拳に反応して、スズも両手を上げて喜ぶ。

 良く晴れた11月の午後。今日は色付いた木々を愛でようと、ランチバスケットを手に四匹と一人は山の更に奥へとやってきていた。今日は仕事担当のゼンもお休みである。

 紅葉や銀杏が綺麗に色付き、幻想的な風景を作り出しているこの場所。山の奥深い場所なので、もちろん人間が立ち入ることはない。


「だぁ! だぁ!」


 初めてやってきたこの綺麗な場所に、スズは興奮気味。小さな手を目一杯伸ばして、堪能しようとしていた。


「良い季節になったなぁ」

「いいですねぇ」

「みんなで来るのひさしぶりじゃない?」

「たぶん、何百年かぶりでしょ」


 季節の移り変わりを幾度となく経験してきている彼ら。何百何千年と生きていれば、自然を愛でるという心も鈍感になってきていた今日この頃。


「ぶぅ! ば!」


 スズが喜んでくれるのではないかと思い立ち、ここに連れてきた。彼女が居なければ、きっと彼らはこの綺麗な秋という季節を再び感じることはなかっただろう。スズと出会って変わった、良い変化である。


「さぁ! そろそろお昼にしよう!」

「さっき朝ごはん食べたばかりでしょ、おじいちゃん」

「えぇ!?」


 花より団子もとい、紅葉よりご飯な奈央。ナツキの言うとおり、ほんの1時間ほど前に朝食をたくさん食べたばかりである。奈央の胃袋はもう消化してしまったのだろうか。

 奈央のお腹が多少の空腹を訴えてはいるものの、ランチバスケットはナツキの手にある。これでは大人しく待つ他に術はない。


「んぁー! ばー」

「どうしたスズ? 降りたいのか?」


 奈央がお腹を慰めていれば、抱きかかえていたスズが地面の方へ手を伸ばす。今日のスズはいつもよりもテンションが高め。今まで家の中か畑でしか遊んだことのない彼女にとって、綺麗な山の中はどんなことでも興味の対象になるのだろう。


「ばばー」

「気をつけて遊ぶのだぞ」


 奈央がゆっくりとスズを地面に降ろす。銀杏の落ち葉の上に降ろしたため、それと同時にカサッと落ち葉が音を立てた。


「わわわー!」


 スズはその音がお気に召したらしい。手のひらと足でバタバタとしながら、落ち葉の奏でる音色を楽しんでいた。


「おぉ! それは楽しそうだな! どれ俺もやってみよう」

「え? 待ってください奈央……」


 奈央は言い終わるや否や、千景の静止の声も聞かずに、ボフゥと落ち葉の中へとダイブした。そして大の字に寝転がり、ワシャワシャと落ち葉たちと戯れる。


「おぉー! キャーキャー!」

「はははっ、楽しいなぁスズ」


 スズと二人で落ち葉の音を楽しむ奈央。もちろんその光景は微笑ましいものでしかないのだが。


「奈央」


 千景が彼の名前を呼んだ。その不気味な声音に嫌な予感を覚え、奈央の動きがピタリと止まる。


「あなた、自分が今日着ている服の素材が分かった上での行動ですか? 服に着いたその落ち葉、一つ残らず取った上で洗濯に出してくださいね」

「……あい分かった」


 今日の奈央は下はジーパンなのだが、上は毛糸のセーターを着ている。そのため寝転がってしまった彼の服の縫い目部分には所狭しと落ち葉たちが付着してしまった。

 落ち葉の原形を留めている物はまだいい。しかし押しつぶされて粉々に跡形も無くなってしまった物は、セーターの中の方へと進んでいくため、取る作業はかなり面倒くさい。なのでもちろんその作業をするのは、洗濯を担当する千景ではなく汚れを付けてきた奈央になるべき案件である。


「おーあー?」


 奈央がションボリとしていれば、スズが何かを差し出してくれる。奈央を元気づけようとしてくれているのだろうか。


「スズは優しい子だなぁ。じいは嬉しいぞ」

「ぶぅー」


 彼女の行動を嬉しく思いながら差し出してくれた物を手にする。するとそれは小さな小さなドングリで。


「ば! ばぅ! だ!」


 奈央の手のひらに次々とドングリを乗せてくれるスズ。大小様々なドングリを集めるのが楽しいのだろう。


「あぅー」


 しかし、座っている彼女の手の届く範囲からはすぐにドングリが消えてしまった。ハイハイで移動していこうかなとスズが思考を巡らせていれば……


「スズ、まだ欲しいか?」

「あー!」

「よし、じいに任せろ」


 ニッコリと奈央が笑った。その笑みに何だか嫌な予感を覚えなくもない。奈央は辺りをキョロキョロして、一本の木に狙いを定める。そしてその木の幹に両手で触れて……


「え、まさか。ちょっと待っ……」

「ふんっ」


 ゼンが言葉を言い終わる前に、奈央は目いっぱい力を込めて揺らす。すると太い木が嘘のようにしなって揺れ、木の上からはもちろん……


「キャーキャー! ばあー!」

「多過ぎません?」

「痛いって」

「スズ、危ないから手を出したらダメだよ」


 雨の滴が降ってくるように、ドングリが降り注ぐ。スズ一人は楽しそうな声を上げる中、彼女を抱きかかえたゼンが丸まり、その上から庇うように千景とナツキが覆った。それはコンマ何秒かの出来事。流石はドラゴン、反射神経が頼もしすぎる。

 そして数秒ののち、ドングリの雨は静まった。


「おいこら奈央! 危ないだろうが、スズが怪我したらどうする!」

「いやいや、すまぬ。だがお前たちが居てそんなことにはならぬかと思ってな。実際楽しかったようだぞ、なぁスズ」

「あうー! わぁー!」


 奈央の言葉を受けてスズがニコニコと笑う。かなり大きな音が出ていたので、驚いて泣くのではないかとも思ったが、案外楽しかったよう。そして、見事な連携でナツキたちが完璧に守ったので、ドングリが当たり怪我をするようなこともなかった。


「楽しかったならいいけどさ」


 結構重大なことだったように思うのだが、スズが楽しいならそれで良いという判定基準が全員ガバガバのため、誰も気にとめないらしい。


「いてっ」


 しかし楽しそうなスズを眺めていれば、ゼンから小さく声が漏れた。


「ゴミでも入ったかな。右目が痛い」


 先ほど土煙が舞ったためだろうか。スズを庇い、一番土から近い位置に居たゼンが被爆してしまったらしい。


「おや、大変だ。済まなかったな、俺のせいだ。見せてみよ」

「は、やだ」

「む?」

「え、見てどうするの? まさか取るの? 目に指を突っ込んで? 絶対無理なんだけど」


 そう言いながらゴシゴシと目を擦ってしまうゼン。いくら奈央と言えど、目に指を突っ込むことはしないと思う……いや、思いたいところではあるが。ゼンの言うとおり、見た所でどうすると聞かれても答えられない。

 しかし、そんな難しい年頃の娘がお父さんに言うみたいなツンツンした態度を取らなくても良いではないですか。


「済まぬ」


 ほら、奈央はしょんぼりとして謝ることしか出来ない。可哀想なくらいに肩が落ちて、背中が小さくなっている。


「まあまあ。そこまで言わなくても。ほら少し早いけどご飯食べようか」

「食べる!」


 しかしご飯と聞いて機嫌立ち直るが光の速さ。レジャーシートを広げようとしているナツキを、嬉々として手伝い始めた奈央。先ほどまでのションボリは一体どこへ行ったのか。


「あ、ゴミ取れた」


 そして目の異物はゼンが自力で取れたよう。一悶着あったものの、無事に全員でランチタイムと相成った。

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