第15行目 電波パニックその3
「なぁ、グググ先生はもうダメなのか」
「おそらく、残念ながら」
「そんな……」
何も言わないグググ先生を前に、途方にくれているナツキ。グググ先生は相変わらず『Wi-Fiの状況を確認してください』としか画面に表示してくれない。
ゼンが帰ってくるまでの3時間、この家で他の家電を守りながら籠城することを決めた彼らだが、何も出来ないこの時間は苦痛でしかない。そのため一番頼りになるグググ先生の蘇生を試みようとする。
「一度電源を切ってみるのはどうでしょう? 再起動というやつです、以前ゼンがやってました。確かこの辺りのボタンです」
「それ、俺も前にやってるところ見た! ナイスアイデアだ、千景。早速グググ先生を……」
「待て!」
嬉々として再起動をしようとしていた二人を、奈央の厳しい声が鋭く刺した。
「もう二度と目覚めなかったらどうするのだ」
「それ、は……」
「この非常事態。普段ならば問題はないだろうが、今は安易にグググ先生の息の根を止めない方が良い」
「軽率でした」
「ごめん」
再起動させるだけなので、別に息の根を止めにかかった訳ではないのだが。
二度と目覚めないかもしれないという、奈央の案を採用し、とりあえず再起動はナシとなった。
「なぁ、先生、覚えてるか? 俺に簡単で美味しい卵料理のレシピを教えてくれた日のこと。あたたかい春の日だったよな」
そしてナツキによる感情に訴えて蘇らせる作戦が始動した。スマホに感情を受信する場所があるのか定かではないが、ナツキ自身は至って真面目。
「他にもたくさん教えてくれたよな? 俺、バカだからさ、一回で覚えられなくて。でも何回聞いたって、先生は嫌な顔一つせず、いつも教えてくれたよな。俺嬉しかったんだぜ? だからさ、また教えてくれよ。この前教えてもらった肉料理の作り方、忘れちゃったんだ。ゼンが好きでさ、作ってやりたいんだ……頼むよ、先生。もう一度、っ、もう一度、目を開けてくれよぉぉ」
スマホの目とはどこにあるのだろう。しかしナツキは涙を流しながら、グググ先生に訴えかけている。
「ナツキ……っ」
「しばらく二人だけにしてやろう。ナツキはグググ先生との時間も長かったから」
その空間は奈央と千景が退席したくなるほど、悲しく寂しい別れの空間だった。奈央と千景は引き続き家の家電たちの見回りと、外に変化がないか見て回る。
そして……
「ただいま、スズにお菓子買ってき……」
「「「ゼン!」」」
「え、なに?」
3時間後、待望のゼンの帰宅である。折角スズにお菓子を買ってきたのに、その言葉を言い終わる前に、半泣き状態の三人に押しかけられてしまった。
「なに?」
「かくかくしかじか」
「あー」
状況を聞き、すぐに納得の声を漏らしたゼン。そしてもちろん彼の歩みは和室の方へと進む。
「この白い箱のコンセント抜いたらダメだよ」
「あ! それは昼間にスズが遊んでいた白い箱です」
「スズが抜いたのか」
ゼンは抜けていた白い箱のコンセントをプスッと刺した。それと同時に沈黙を貫いていた三台は復活。
『プープー』
『明日の天気ですが……』
『ピリリリン』
「生き返った、だ、と」
「そんな……」
「みんな、もうダメだと……」
三台の復活に感激している彼ら。それぞれがもう会えないと思っていた家電たちとの再会を喜ぶ。
「良かった、本当に良かった。お笑い番組に間に合った」
「グググ先生、今日はあの肉料理が作りたいんだ。レシピ教えてくれよ」
「あ、早速電話がなってます。もしもし……セールスですか。要りません」
「ゼンありがとう。本当にありがとう!」
「お前が居なかったらこの世界はどうなっていたことか」
「あなたは世界の救世主ですね!」
「それは大袈裟だよ」
ゼンが苦い顔で答えているが、奈央たちの中では世界規模の大災害だったのだ。しかし無事に一件落着。これで元通りの日常が彼らに戻る。
「また滅亡の危機が訪れてもゼンが居れば大丈夫だな」
「次からは会社までゼンを呼びに行こう」
「そうですね、それが良いです」
「え……それはやだ。やめてよ」
しかし、ゼンにとっては由々しき方向へ話の流れが行ってしまった。
ゼンとしてはなるべく静かに人間界での生活を送りたいのだ。ただでさえ仕事に行くのは苦痛なので、目立たず穏やかにひっそりとした会社勤めを行いたい気持ちしかない。会社にこの三人が乱入するという目立つ以外の選択肢がないイベントが発生することだけは、絶対に避けなくてはいけない事態である。
「ちょっとよく聞いてほしい話があるから、そこに座って」
ゼンの言葉を受け、三人は大人しく正座する。
今後もし同じことになっても、彼らが会社に来ることは阻止したいゼンによる講義が始まった。
「いい? 同じ事態になっても、僕を呼びに来ないで。絶対に、絶対に!」
「なぜ?」
「他の家電がやられる可能性がある。今回僕を呼ばずに三人で家に留まったのは、めちゃくちゃ優秀な判断だったよ。とんでもなく素敵で最高にいかしてる本当にとってもありがたい作戦だったんだよ」
「おぉ! そうなのか」
「マジか!」
「私たちも世界救出の一助になれていたということですか!」
「あー、うんそうそう」
それとなく、何となく。良い感じの言葉を並べれば、コロリと騙される三人。こんなに単純で信じやすくて大丈夫なのだろうか。何だか心配になってきたが、それよりもゼンには会社に来るのを阻止することの方が重要事項である。
「それでね、三人には伝えなくちゃいけない重大なことがあるんだよ」
「「「ゴクリ」」」
「この白い箱はグググ先生たちの依り代なんだ。だから大切に丁重に扱うこと。もし今後グググ先生たちが同じような状況になったら、ここのランプが緑になっているか確認して。赤になってたら異常事態だから、ここのボタンを2回押すの。ランプが付いてなかったら、コンセントが刺さってるか確認して。分かった?」
「あいあい」
「それでもどうにもならなかったら、今日と同じように僕が帰ってくるのを待ってて。他の家電に被害が広がらないように、絶対ちゃんと守っててね。いい?」
「はーい!」
二度とこんな事態にならないことを祈るしかないが、万一の場合に備えて対応方法を伝授しておく。そしてこう言っておけば、彼らがスズを近づけることはないだろうし、雑に扱うこともないだろう。
「ゼン! 質問があるぞ!」
「はい、何でしょうか奈央」
「グググ先生が安否を気にしていたのだ。ダブリューアイとやら。彼は一体何だったのだ?」
「Wi-Fiね、Wi-Fi」
「わい? 違う、YではなくW」
「うんうん、そうね」
説明をしたとしても、きっと奈央は分かってくれないので、遠い目をしながら頷いたゼン。しかしそれっぽく納得してもらう必要がある。しばし考えたあと、口を開いた。
「あのね、Wi-Fiはね、飛ぶんだよ」
「なんとっ!? 飛ぶとな!?」
「そう。飛び回ってくれて、グググ先生たちを守ってるの。それを飛ばしてるのがこの白い依り代の箱」
ゼンの説明を聞き、ポカーンと口を開けてしまった奈央。まだ説明が難し過ぎただろうか。
しばらくして放心状態から回復した奈央は……
「ゼンの言葉をまとめると……神ということだなこの箱様は」
「何をどうまとめたらそうなるのか分からないけど、それでいいよ。丁重に扱ってくれるなら」
解釈は遙か彼方違う方向へ飛んではいるものの、大切に扱うということだけは分かってくれたらしい。
「スズも、この白い箱には触ったらダメだよ?」
「あー」
「ほらこれ、お菓子上げるから。もうダメだからね」
「キャー!」
ゼンがお菓子という名の賄賂を渡しスズに微笑めば、彼女は元気に手を上げてくれた。本当に分かってくれただろうか。
分かっていなかったとしても、白い箱はもうスズの手の届かない高い場所に置いた。簡単に触れるものではないから、恐らく大丈夫であろう。
こうして、彼らの見えない敵との戦いが幕を閉じたのだった。
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